5.自己紹介
『1年の時も、D組でした。野末良太です。宜しくお願いします』
『趣味は、バスケット。中学時代はバスケット部に入ってました』
『以上です』
良太は、暗そうな声で、21年前の自分が自己紹介をするのを見つめた。
(そうだなぁ、この時のオレ、アップアップだったよなぁ)
良太が当時の自分の状況を知っている為、そんな事を思って聞いていた。
良太の自己紹介を終えると、丸井が急に立ち上がる。
『野末、オメェ、何か暗いんだよな、・・・ンダナ、ヨシ、じゃあ、オメエ、委員長やれ、クラスの委員長、副委員長は・・・、そうだな・・・イシイィ、オメェがやってくれ』
高校2年の初日、自己紹介をさせられた後、直ぐに百貫デブの担任が私にそう声をかけて来た。
『・・・・』
16歳の良太は、初対面の者が大多数の教室で、いきなり目立つ自分が恥ずかしく、何も言えなかった。
そんな良太とは、対称的に副委員長に指名された新しいクラスメート(男)は、聞きなれない一人称で、新担任に反論した。
『何でェ、アタシなのよ、アタシ忙しいのよ、色々と』
少し甲高い少年のような、いやオバサンのようなオネェ言葉で、石井と呼ばれた生徒は席に座ったまま、断ろうとする。
150㎝ぐらいと小柄で、肌の色が小麦色というか、東南アジアの血が入っているのではないかと思うぐらい、日本人離れした黒さであった。
目が、何かわざとらしいぐらいキラキラしており、正直第一印象でオカマではないかと思ったのを思い出した。
『・・タカシ、忙しいって何が忙しいんだ?』
担任丸井は、ニヤニヤしながら、石井を名前で呼び、まるで昔から知ってるかの様に親し気に聞く。
(あれ、この二人・・・今日が、初対面じゃないのか?)
私は、確かそう不思議に思ったのを覚えている。
『・・・・、そりゃぁ、もちろん・・・勉強とか』
明らかに、嘘だと分かる様に、石井は笑いながら、どこか役を演じるように言うと、新しくクラスメートになった連中は声を出してドッと笑った。
『ウソこくなぁ、オメエなんか、教科書持って帰った事なんかねぇべ』
『せんせぃ、馬鹿にしないでくれるぅ・・・・・まあソウだけどさぁ』
『・・・ああ、分かったわ、ヤルワヨ、メンドクサイ事は、委員長の子。エェ~と、誰だっけ、アッそう、野末君に頼むから・・』
『ヨシ、決まりだ、ジャア、二人とも、前にでて、クラスの奴らに挨拶しろ!!』
丸井先生がそう言うと、渋々と、緊張しながら16歳の良太は、教壇の近くに立つ。
それを見て、石井も席から立ち上がり、教壇の方に歩いて来ようとした
『チョット、どいてくれるゥ、アタシ、気が弱いから、あぁあ、ヤメテ、もしかしてアタシを虐めてるの??』等と、石井は、自分の席から教壇までの短い距離で、自分の席の近くの生徒に、チョッカイを出し、独り芝居をするように、お道化て見せる。
クラス全員が、その様子をみて、堪えきれずに笑い出す。
それを見ていた丸井先生が、しばらく経っても来ない石井に、急かす様に注意した。
『石井、早くせ、授業時間が終わっちまうぞ』
『あぁ、スミマセン、今、行きます』
石井は、そう言うと、教壇迄小走りでやって来て、良太をさしおいて、先に挨拶を始めた。
『今、紹介に預かりました石井タカシです。僕、精一杯頑張りますので、ヨロシクお願いします』
石井はそう言うと、『では、次、野末君、お願いします』と良太へ話を振る。
『エッ、あ、あの、オレ』
頭の回転が決して速くない良太は、戸惑い、口ごもる。
すると、頭の回転が速い石井は、すぐさま良太をネタにする様な3文芝居を始めた。
『何よ、アンタ、その目は、今、アタシをチビだと思ったでしょう』
『キィー自分が背が高いと思って、アタシを馬鹿にするのね・・』
クラスの連中は、もう良太の自己紹介等求めていない、唯々大爆笑である。
『石井よ、まあ、良いか、とりあえず、この二人がD組の代表な・・』
齢を重ねた良太が当時の丸井先生と石井のそのやり取りをみて少し涙ぐむ。
何故なら、その時の石井の行動は良太に対するフォロであったという事が分ったからであった。
それは、良太の恩師と人生の中で一番の悪友との出会いの日であった。
1995年、就職氷河期の真っ最中、少子化が不安視され始めた時代、しかし未だ色々な面で緩かった頃の話である。




