3.2ーD 丸井平
良太が再び意識を取り戻した時、最初に見たモノは母校である北里商科大学付属高校の校舎であった。
校門から、校舎をみると、校舎の3階の壁にデカデカと◎×私立北里商科大学付属高校と書かれていた。
(これは、夢か?)
20年前に、経営する団体が替わり、校名が改まった筈の学校が、30年前、良太が卒業した時代の名前に戻っている事に、良太は直ぐに気付いた。
良太は、今の自分がどうなっているのかと、確認できる鏡を探した。
探したが見つからず、結局校舎の一階にあった男子トイレに入り、鏡を見たが、鏡には自分が写っていなかった。
(やっぱり、オレの夢だな・・)
(それにしても、よく再現されてるなぁ、オレの深層心理に眠っていた記憶ってヤツか・・)
校舎の中、いや正確に言うと、教室の中で授業を受けている生徒の数が多かった。
狭い教室には、50個は机が置かれており、欠席者と思われる机が、2つ、ないし、3つある程度。
つまり、50人のクラスが20教室、ほぼ満室であった。
(おれ達の学生時代って、思えば子供が多かったんだな・・)
(あ、あれは化学の岡部先生だ・・・てことは、G組、じゃあ、俺のクラスはDだったから)
(二つ隣りの筈・・・)
自分の記憶を確認する様に、ユックリと確認する様に、良太は自分のクラスがある筈の方向に進んだ。
直ぐに良太の目にクラスの標識が目に入る、2ーD 丸井平という文字が見えて来た。
(ウォッ、見つけた、オレのクラスだ)
良太は、宝物を探し出した様な気持ちになり、思わず早歩きでクラスの前方、教員の立つ教壇がある方向のドアから教室の中を除いた。
教壇には、トンデモなく出たビール腹、元相撲取りではないかという様な肥った男が教壇に付属した椅子に座り、両腕の肘を机につけ、折り重ねた自分の腕に、頬をつけながら気だるそうにしている男がいた。
(あっ、そうだ丸井先生は、何時もよくこん風に座っていたよな)
『ヨシ、オメェら、先ずは自己紹介、五十嵐、オメエから頼む・・』
懐かしい声が良太の耳に響く。
丸井先生は、ダイエットに失敗した仏様の様な顔をしていた。
本人曰く、大学時代の頃は痩せていてイケメンだった為、結構女性のファンがいたらしいが、良太が出会った時には、既に昔の面影はなく、金縁メガネで、見方によってヤクザの親分の様な貫録を持っていた。
身長は180㎝近いのだが、体重が120㎏。昼休みは、必ずオニギリと焼そばを学生食堂で買い、そして奥さんの作った弁当と一緒に食べていた大食漢である。
お世辞にも、健康な体型とは言えず、その肥えた体で気だるそうに教室にやって来て、先ず最初に、なんで、職員室からこのクラスがこんなに遠いんだと、ボヤくのが先生のルーチンワークであった。
先生は、数学の教師の筈だが、先生が数学の教科書を開いていた記憶は、良太の中には無かった。
ただよく覚えているのが、午後の授業、特に、昼休みが終わった5時間目。
丸井先生は、生徒である良太たちに許可を求めた。
『オメェらよ、オレ、今スゲェ、コーラー飲みたくなったから、コーラー飲むけど、良いよな?』
『じゃあ、ひとまず、授業は休憩、お前らも、楽にしていいぞ』
『オレも、飲むから、お前らも、一息ついてもいいぞ、飲み物が有ったら勝手に飲んでいいぞ』
そう言って、先生は教卓から、隠していたペットボトルを出し、『クゥッ』と声を出しながら飲んでいた。
そして茶飲み話の様に、自分の生きて来た人生の昔話を生徒の良太たちに聞かせる様な先生だった。
2024年の今の時代では、下手すると品格を問われ、辞めさせられるような態度だよなと、思いながらも、在りし日の懐かしい恩師の姿を良太は楽しそうに、そして懐かしそうに見つめたのである。




