20.大学受験の日(前)
良太の大学受験の日は、年末が迫る12月中旬であった。
12月といえば、雪風吹が舞うのが当たり前の故郷と比べ、関東の12月は雪が何処にもなく、同じ日本でも此処迄違うものかと驚いた事を覚えている。
受験会場の大学は、改修されたばかりだったのか、一部の建物を除くほとんどの建物が新しく綺麗でどことなく洗練されていた。
今思えば、田舎から出て来た青年の目には、見るモノ総てが物珍しく、眩しく見えたのだと思う。
受験といっても、推薦試験である。
各教科の試験は無く、小論文の試験と集団面接(面接者達の間での質疑応答を含む)であった。
この日、良太は試験時に大きな過ちを犯したのを何十年経った今でも覚えている。
それは、小さなミスから始まった。
良太が最初に着いた試験場は、良太が受ける学科ではなく別の学科の試験会場であった。
初めて来た大学である。当時の良太にとっては、誰に自分の行くべき試験会場を聞けば良いかもわからずパニックになった。
試験の開始時間が迫る重圧の中、大学の職員らしき人を見つけ確認できたのはテストが始まる20分前であった。
『経済学科の試験会場ですか?それならあそこに見える図書館の横の建物です。』
『受験番号は?』
『279番です。』
『それなら、建物に入ったら階段を上って2階に行ってください。』
背広を着た50代ぐらいの男性は、そう教えてくれて、自分の腕時計を見る。
『試験時間が迫ってるよ。急いだ方が良いよ。』
良太は、その男性に丁寧に御礼を述べ、男性の忠告に従う様に急いで教えられた建物に走って向かった。
(俺って奴は、いつもこうだ・・。大事な時にミスをしそうになる)
そんな自己否定をしながら、走ったのを中年になった良太は今でも鮮明に覚えている。
建物につくと、良太は速度を落とさず全力で最初に目に入って来た階段を全力で上った。
2階に上ると、教室の入り口に張り紙がされており、経済学科試験場と書いてあった。
その張り紙を見て、初めて良太はその場で立ち止まった。
自分が想像以上に息切れしている事にもその時気がついた。
それぐらい慌てていたのである。
教室に入り、自分が座るべき席を見つけカバンから必要なモノを取り出していると、試験官数名が教室に入って来た。
試験官の代表が、試験中の注意事項を説明したと思うと、他の試験官達が小論文用の記入用紙を配っていく。
その時の良太は、試験会場に無事着けた事への安堵と試験に向けて落ち着く為にとにかく乱れた自分の呼吸を正常に戻す事で頭が一杯であった。
時間を置かず、試験官の一人が良太にも記入用紙を手渡した。
そんな状況であった為、良太は試験官が渡した記入用紙の枚数など気にせず貰ってしまったのである。
それが、正に痛恨のミスであった。
論文の試験には論文用の用紙が4枚配られていたのである。
提出用である正書用の2枚、下書き、メモ書き用に使う2枚の記入用紙である。
正書用の用紙と、下書き用の用紙の違いは、用紙の色である。
又、正書用の用紙には丁寧に正書用と印刷されていた。
良太がそれに気づいたのは、試験終了まで残り15分を知らせる試験官の声を聞いた時だった。
『後、15分です。受験番号と名前の書き忘れがないかも、必ず確認してください・・』
『毎年、必ず書いていない人がおります。その場合は、不合格になりますので、ご注意下さい』
良太は、その時丁度、自分の論文を書き終えた状態だったので、言われた通り最終確認をしようとした。
良太の書いた小論文は、自分で言うのも何だが、まずまずの内容だと自信があったし、論文の字も何時もより丁寧に書いたので、印象を悪くするような下手な字では無かった。
(良かった、最初は遅刻しそうでハラハラしたけど、なんとかなった・・)
そんな思いで、論文を書き終わった用紙を両手に持ち、終了前の儀式様に名前、受験番号を確認した時、良太は初めて気がつく。
正書用と印刷された何も書かれていない白紙の記入用紙が2枚ある事に・・・。
自分の犯したミスの大きさを知り、その場で立ち上がりたくなったのを覚えている。
焦る心を抑え、とにかく下書き用紙に書いた内容を、終了の合図がくるまで、正書用の用紙に書きなぐった。
汚い字でも、とにかく総てを書こうと、字の綺麗さなど考える余裕などなかった。
15分後、『ハイ、止めて、用紙を置いて。試験官が来る迄、その場を動かないで下さい』
その時、良太が書いていたのは、1枚目と2枚目の1/4であった。
(終わった、オレの大学受験は、既に終わった・・)
良太はその時、正直そう思った。
良太の記入用紙を取りに来た試験官が、書き終わっていない良太の用紙に気がついた。
『すいません、間違って下書き用の方に書いてしまったのですが・・・』
『あ、そうなんですか・・・』
試験官は冷静な声で一言言うと、ただ一度、良太の顔を見て、その後は何も言わず4枚総ての記入用紙をもって隣の受験生の記入用紙を同じ枚数回収して去って行った。
(ジ エンド オブ ザ ヱヴァンゲリヲン・・)
その当時、映画館でヒットしたアニメ映画の題名を、その時良太は心の中で呟いた。




