2.恩師の死
新幹線を降り、駅の改札を出るとオヤジが待っていてくれた。
75歳になった父は、今でも私が子供の時から同じ仕草で迎えてくれる。
何時もの様に片手を上げ、何時もと同じ言葉である。
『良太、お帰り、良く来たな!』
私の父に対するイメージは、父が40代、そう今の私とそれ程変わらない齢の頃の父である。
そのイメージと現実の父は、当然違う。
元気でいてくれる父と、その変わらない声を聞くたびに、私は親の有難さを感じるのだが、本人には気恥ずかしくて言えない。
父は私を連れ、駅の前にある駐車場を目指し歩く。
良太は会う度に、自分の親が小さくなっている気がするのは、彼(父)が老いた事も有ると思うが、子供の時に残っている幼少期に感じた父の迫力が良太の脳裏に残影として残っているからだなと考えながら父の後に付いて行った。
父が車を運転し、良太は助手席に乗る。
実家までは、車で20分ほどの距離である。
お互いに、住んでいる場所の天気等を紹介するような雑談をしながら、父はユックリと家路を辿る。
『そう言えば、お前の高校の時の先生、丸井先生だよな、最近、亡くなったんだと思うぞ』
『●×新聞の死亡欄に、乗ってた。70歳ぐらいだったかな、元、●×高校の教諭って書いてたから・・』
『エッ、・・・・そうか、まあ、オレが高校の時から、病的に肥ってたからなぁ』
『70か、男は、大体70代だよなぁ、』
『そうだ、そうだ、オレも、3者面談で2回ぐらいしか会ってないけど』
『恰幅の良い先生だったよな』と父は、私の高校の担任の顔を、記憶を辿りながら私に言ってくれた。
『面白い先生だった、良い先生だったよ』
(あんなに、世話になったのに、何も恩返しできなかったな)
何年ぶりかの帰郷で、忘れかけていた恩師の事を、彼の訃報を聴いた事で思い出し、良太は軽い罪悪感にかられたのであった。
高校卒業後、大学生の頃は帰郷する度に高校に挨拶に行っていたが、社会人に出てからは一度も母校を訪れていなかった。
自分は、不義理な男だと良太は思ったが、社会に出ると目の前の仕事や生活に追われ、そんな余裕がなくなるのも現実である。
そうこうしていると、二人の乗る車は良太の父の家に着いた。
良太の父は、今良太の祖父母が残した家を継いで、そこに住んでいた。
『良太さん、無事着いたんですね、お帰りなさい。待ってましたよ』
『先ずは、お祖父さんとおばあちゃんに手合わせてあげて・・』
その声は、良太の父の奥さん、久美さんであった。
良太の父と母は、良太が大学を卒業する年に別れた。
円満離婚である。
二人の3人の子ども達成人するまで、待ってくれたのだからと、良太の心の中には恨み事はなく、二人には感謝してるぐらいである。
久美さんは、その後父と再婚した女性であった。
人柄の良い女性で、気性の荒い良太の父に愛想を尽かす事無く、老いた祖母を最期まで看取ってくれた、良太にとっては感謝しなければならない人であった。
『もう、夕ご飯の準備は出来てますけど、17時頃から、ビールもお酒も飲みきれない程ありますから、歓迎会しましょうね』
仏壇に手を合わせてる良太を見届けた後、久美はそう言葉をかけ、又台所に戻っていた。
祖父母に、帰郷の挨拶を済まし、父の待つ部屋に顔を出すと、父は既にウィスキーを入れた二つのグラスをテーブルに置き、ツマミを出していた。
『先ず、ねまれ(休めの意)、これ美味いんだぁ、先ずは飲んでみろ』
その時の父の笑顔をみて、大の酒好きの良太の父が、本当に嬉しそうに良太を待ってくれていたのが伝わり、良太は幸せな気持ちになった。
その晩は、久美が良太の為に郷土料理、漬け物など、故郷の味を準備してくれて、父と3人で久しぶりの楽しい夕食を過ごす事が出来た。
20時には、良太の父は寝てしまう。
食事を終え、良太の父がふとんに入る前に、タクシーを呼び、良太は駅の近くのホテルに向かった。
お互いに気を使わない、ホテルが気楽だと良太の気持ちを考えた父の優しさであった。
天然温泉が売りのホテルで、良太は先ずは旅の垢を落とし、自動販売機で缶ビールを買って部屋に帰ると、ビールを開け部屋のベットに寝そべる。
故郷に帰り、父に会えたという達成感と、温泉の満足感を感じながら、良太は何時もの習慣で携帯でユーチューブを見る。
好きな元プロ野球選手の番組があったので、それを選択しようと、画面を触ろうとすると、別の動画の場所を触ったのか、突然良太の予想していなかった動画始まる。
ショート動画の内容は、アメリカの有名俳優達の2024年現在の姿、それがどんどん若返っていく。
ハリソンフォード(82歳)2024年現在、60代、50代そして最後は1977年(34歳)、子供の時に見たスタウォーズのハンソロの顔に変わっていく。
数名の名俳優の顔が次々と出て来る。
名俳優達は、齢をとってももちろんほとんどの人がカッコいい。しかし、若い時は、もっとである。
正直、老いた今と比べると、別次元の輝きである。
画像のBGMは、Foever Yongと書いてある。良太はその曲を初めて聞いたが、哀愁のある良い曲で聴き入ってしまった。
その曲をもっと聞きたいと、その動画に魅入ってしまったのである。
AIで加工した画像は、気持ち悪いぐらいリアルで、若返りの薬を飲んだら、こういうふうになるんだろうなというような、と良太は思った。
『ウゲエ!、イヤなモノ見た、こんな現実、見たくなかったよ』
テーブルに置いておいたビールに口をつけ、一息飲むと、良太は思わず、そう呟く。
(時は、残酷だぁ、オレも気がつけば、爺さんになってるんだろうなぁ、齢取るのはイヤだなあ・・)
良太はそう思いながら、思い出したかのようにベットの枕ごしにある鏡で自分の顔を見る。
『ウワァ。何だ・・・』
良太は、思わず声を上げた。
何故なら鏡に映った良太の顔は、髪が禿げあがった、皺だらけの老人の顔であった。
その顔が、少しずつ、さっきまで見ていた動画の様に若返り、見慣れた何時もの顔に変わり、唯、そこでは終わらず。どんどん若返っていく
『ウワァ、オレ酔ってるのか??』
鏡の中の自分が高校生ぐらいになった処で、良太は意識を失った。




