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16.初めての決戦投票(前編)

良太が、生徒会長に立候補すると決めた日から彼のユックリと流れていた高校生活がガラリと変わった。


丸井先生との面談の次の日、朝のホームルームで先生から良太の立候補はクラス全員に伝えられ、教室ではクラスメートが最初は驚きの様な声が広がり、最初静かに(ざわ)めき、そしてその騒めきは直ぐに失笑が入り混じるどよめきに変わった。


『オメエら、野末が覚悟を決めたんだ、クラス全員で応援しろよな・・・オシ、野末、選挙演説の練習がてら、皆に挨拶しろ・・』


百貫デブで、金縁メガネの丸井先生は、もしパンチパーマだったら、チベットの僧侶の衣装を着たら怪しい僧侶の様であり、白のスーツを着たら、ヤクザの人と間違われるような顔でニヤリと笑い、突然良太に無茶ぶりをした。


事前準備していなかった良太は、当然上手い事も言えず、緊張の為、多少声が震えながら、『一生懸命やりますので、皆さん、応援よろしくお願い致します』とだけ言うのが精一杯であった。


『野末君、大丈夫か?』


クラスメートの一人が、良太のオドオドした様子を茶化すように言うと、教室にドッと笑いが起こった。


(大丈夫なわけがない・・・、出来るなら取り消しにしたい・・)


そんなクラスメート達の前で、本音を言いたいのをグッとこらえ、30年前の良太は、誤魔化すように苦笑いをした事を、中年になった良太は今でも、まるで昨日の事の様に鮮明に思い出す。


良太が生徒会長に立候補した事によって、商附開校以降の歴史の中で初めて生徒会長を選ぶ投票が行われる事になった。


候補者は二人、良太と、その時現役で生徒副会長を務めていた男子生徒である。


二人の候補者が居る為、投票日前に生徒総会を開き、全校生徒の前で演説をし、自分達への投票を呼びかける選挙演説会が行われる事が決まった。


毎年2年生の生徒副会長を務めた生徒が、3年生になる時に、生徒総会で生徒会長に繰り上がる事を承認する筈の生徒総会が、候補者が互いに自分への支持を呼びかける演説会に変わってしまったのである。


当時の商附は、1学年1,000人以上が入学するマンモス校である。

単純計算で3,000人の有権者(生徒たち)が、体育館に集まり自分の話を聞く・・・。


約50人のクラスメートの前でも、注目されるとあがってしまい、声が震える時がある当時の自意識過剰気味の良太にとって、3000人の前で話をする事じたい、無理だと思った、正に恐怖しかなかった。


そんな本人の気持ちを知ってか知らずか、担任の丸井先生は、良太の選挙参謀を自認し、選挙の準備をウキウキしながら進めていく。


『野末、喜べ、応援演説は、柔道部の主将H組の小坂にやってもらう事になった』


『選挙は、ヤッパリ組織だからな。グへへへッ』


『後は、野球部だなぁ、心配するな、昼休み、オレ、監督の鮫島先生の処にコーヒー飲みに行く時、頼んでみるからよ、ゲップ』


昼休みを前に教室を去る丸井先生は、自分に気合を入れる様に、勢いよくコーラーを一気飲みし、邪悪な僧侶の様な笑顔を良太に向け、悠々と職員室へ向かっていった。


その日の6時間目、丸井先生が、2-Dの教室に鼻息を鳴らすようにワザとらしく悔しがり入ってくると、良太を見ながら、大声で話し出した。


『くっそーッ、先を越された。あの生徒会顧問の加賀のババァ、・・・いや加賀先生、オマェら、今の無しな、誰にも言うなよ』と、丸井先生は笑いながら、冗談を言う様に自分の失言を訂正し直ぐに言葉を再開した。


『野末の対立候補(あいて)が、野球部に応援演説を頼んだみたいだ』


『・・・・加藤、塩田、オメェら、野球部でも、野末に入れるよなぁ』


『野球部の先輩に、何言われても、選挙ってのは自由意志だって、突っ返せ、分ってるよな』


丸井先生は、野球部のクラスメートの顔を一人一人見つめ、そう語りかけた。


その後、舌の皮がかわかないうちに先生は、他の運動部所属の生徒達を呼び、テニス部は山田、ウェイトリフティングは鈴木が、部の票をとりまとめ、野末に投票するように指示を出した。


指示を出された生徒達はもちろん、クラスのほとんどが、そのあからさまに矛盾を見せる丸井先生の行動を見て、堪らず笑い出した。


丸井先生も、それを聞き、爆笑しながら言う。


『ダッテョ、オメェら、クラスの仲間を応援するのは当然だろ』


丸井先生も、クラスの皆も楽しそうだった。


しかし良太一人だけ、丸井先生のその熱意が重圧に感じ、笑えなかったのを覚えている。


(もう、引き返せない・・・)


あの時、引き返していたら、どんな人生を送れていただろう。


(もしかしたら今より・・、)


中年になった良太は、悲観的な自分の思考を止める様に強く頭を振り、顔を上げると場面が変わった。


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