15.セカンドミッション【後】
30年前の自分が職員室を出ていく。
現在の良太は、暫く丸井先生を、彼の表情を伺う。
『丸井先生、もう進路面談ですか?』
丸井先生の斜め隣りに座る、英語教師の清本先生が二人の話を聞いていたのか、笑いながら声をかける。
『進路じゃねぇな・・・、未だ唯の面談の段階ですよ』
『まあ、オレは面談好きだから、苦にならねぇけど』
丸井先生は、ニヤリと笑いながら、清本先生にそう答える。
清本先生は、『残業お疲れ様です』と丸井先生に声をかけた。
『清本先生、何かありましたら、2-Dの教室に居ますので、何かあったら申し訳ありませんが、呼びに来てください。』
丸井先生は、そう言うと、良太に手渡し忘れた全国模試の結果を持って、ユックリと職員室を後にする。
清本先生は、承知したという様に、片手を上げ丸井先生に合図をしていた。
丸井先生に着いて良太もその後を着いてくる。
2年生の2-Dまでは、職員室から20mぐらいの距離である。
その長い様で短い距離を、丸井先生はユックリと歩いていく。
まるで、30年前の良太に心の準備をさせる為に時間を稼いでるみたいであった。
その後ろ姿を見て、良太は高校1年の頃を思い出す。
やっと、高校に慣れて来た頃、席の近くの同級生たちと折角仲良くなってきた頃、些細な事でケンカし、それがきっかけでクラスで孤立した記憶を思い出していた。
アイツは、直ぐに切れる奴と、悪いウワサがクラスに流れていたと、2年の時に誰かが教えてくれた。
無視される事には、暫くしたら慣れた。しかし、困った事は、体育、柔道の時間である。
二人以上でする団体競技の時間は、一緒にやってくれる人を探すのが大変だった。
勇気を振り絞って、体育の時間、仲間に入れてくれと2度試みたが、2度断られ、3度目を試す勇気は若い頃の私には無かった。
そういう環境にいると、どんどん自分に自信が失われていくものである。
気づかない内に、良太は、どうせ自分なんかと卑屈になっていた。
青春の代名詞で語られる高校時代、そんな貴重な時間が、これかとひどく絶望していたのである。
良太の前を歩いていた、丸井先生の姿が突然消えた。
良太はそれに気づき、慌てて小走りになって2-Dの教室へ向かう。
良太が教室へ入ると、二つの机が向かい合わせてあり、既に30年前の二人の面談は始まっていた。
『・・・オメェが、1年の頃、どうだったかは分かった』
『キツカッタなあ、2年の初日、オメェの顔が暗かった理由はそれか・・・』
既に30年前の良太から、1年時の状況を聞き終わった後の様であった。
そう言うと、丸井先生は、暫く考える表情をし、30年前の良太の顔をジッと見つめていた。
そして、ユックリと口を開いた。
『ンで、どうする・・・。出ねぇのか』
『・・・・』、30年前の良太はその問いに、暫く無言であった。
『・・・自信が有りません』
担任の問いに答えない自分を不義理と思ったのか、30年前の良太が突然、ボソリと呟く様に答えた。
『何に対して、自信がねえんだ・・。生徒会長になる自信か、立候補する事か?』
『両方です』
『・・・野末、オメェが自信無いのは、当然だ』
『そりゃ、やった事ない事をするんだから、初めてやる事に自信がある奴なんか いねぇよ』
『けどよ・・じゃあ、自信のある奴って、どうやって出来ると思う・・』
『・・・・、分かりません』
『簡単だ、経験だ。人より多くの経験を積めば、それがやった事のない人より自信を持つ事になるんだ』
『経験、んだな、言い換えれば場慣れだ。失敗だってそう、経験した奴と、しない奴では全然違う』
『多分、オメェは、自分の1年の時、嫌な思い出だと思ってると思うが、良い経験したと思えば良いんだ』
『オレが心配してるのは、1度や2度の失敗で、自分を決めつけるお前だ』
『社会に出たら、失敗なんて、日常茶飯事だ。仕事、家庭、・・オレなんか失敗だらけの人生だぜ』
『だけどな、失敗から学べばいいんだ、ワケェ時はなおさらだ、それが許される』
『オレを信じてやってみろよ、いや騙されたと思ってもいい、ヤレ!野末よぅ』
『1年の時、オメェは悔しい思いをしたんだろ、、お前を無視していた連中を、見返してやれ!見せつけてやれ』
(・・これだ、この言葉で決心したんだ)
良太は、丸井先生に掛けられた最後の言葉、無視された連中に、見せつけてやれという言葉が、30年前の自分の闘志に火をつけた事を思い出した。
この日の夜、良太は生徒会長に立候補する事を決心し、次の日、その事を丸井先生に伝えた。
丸井先生から与えられたセカンドミッションを受けたのである。