08
静岡県の東部に三島市は位置する。箱根と伊豆の中間に位置することから観光産業が盛んで、三嶋大社をはじめ、観光資源に恵まれた土地柄であったのだが、この時空では様子が異なっていた。
一刻は目を覚ますと全身の疲労感と痛みでしばらくは動けず、目だけを動かして様子を窺った。鳥の羽を敷き詰めた卵形の石ベッドは暖かく、存外フカフカとしている。部屋の中には簡素な丁度品のみが据えれられているだけだが、格子窓からは燦々と陽が差し込み、岩造り独特の温かみがある。
「ティナ、ティナ」一刻はベッドの脇で座ったまま寝ているティナを起こした。
「あぁ、いーちゃん。起きたのかい。昨日は散々だったね。ふぁ」伸びをして大きな欠伸をしたティナ。
「浜北は無事か?」一刻は何とか上体を起こした。
「開口一番にそれかい。君はもっと薄情な男だったのに、人は変わるものだね」
一刻とティナが浜北の部屋を訪れた時、ベッドに座り粥のような食事を子どもの恐竜人に食べさせてもらっている浜北がいた。
「おはようございます、時枝さん。昨日はご迷惑をおかけして申し訳ありません」頭を下げた浜北の様子を見て、子どもの恐竜人は後ろを振り返り一刻とティナに笑いかけた。
「こいつ元気になるぞ。おら達の村は医術に優れている。そう父上がいっていた。元気になったら美味ほうだな」と笑う子どもの恐竜人は冗談を言ったつもりのようだが、一刻にはちっとも笑えない冗談だった。
「こらこら、ベンダ。客人をからかうんしゃないよ。辛い道中おっはひ、ひまふ。このお方の怪我が治るまではこちらに逗留はれたほうがいいかと。どうぞ美暇の村でゆっくりしてくだはいまひ」滑舌の悪い店主は戸口から部屋に入ってきたところだった。
「浜北さん、本当に申し訳なかった。私がついていながら、こんな目にあわせてしまって」
と一刻は頭を下げた。
「嫌だな。謝られるようなことじゃありません。頭を上げてください」
「私達は昨日、浜北を捨てて逃げることを選択しましたが、どうしても時枝殿が担いででも行くと言ったのです。命拾いしたな、浜北」ホーラは言い捨てるように浜北に言った。
「そうでしたか」と浜北は目頭を熱くした。
浜北の容態を見て三島、どうやらこの時空では美暇というらしい場所に三日留まることになった。その間、一刻とティナ、ホーラはその土地を歩き、名所や眺望のよい場所を訪れた。
美暇は岩肌に緑豊かな自然が溶け込んだ美しい場所だった。小高い丘に登れば海が眺望でき、潮風が頬をあらい、冬の寒さが陽のぬくもりで調和されるような場所だ。店主の息子ベンダを連れて、眺望の良い丘に登った際、一刻とティナは二人だけで会話した。ベンダとホーラはカンカンと木刀を振り回して遊んでいた。意外にもホーラは子ども好きする性格のようだ。
「なあ、ティナ。君のもう一つの能力のことなんだが、いいか?」
「なんだい? ようやく話す気になったのかな、いーちゃん」
「人や動物の内的な時間感覚を逆戻しして、再生させることができる。俺とティナが初めて出会ったときもその能力を発動させたし、前に恐竜に襲われたときもそうだった。ティナが自由に操作できる能力ではなくて、何か感情が昂ぶった時や危機的な状況で使用できるもの、と考えたんだが」
「殆んど正解だけれど、一つ訂正するならば、私といーちゃんはあの時初めて会ったわけではない。君もそのことは以前指摘していたはずなのだよ」
「そうだな。俺とティナは以前にも君ら時人の時間ループによって出会っている。そういうことだろう」
「そうさ。そして?」
「では、どうして俺は記憶を失っていたのだろう。時間をループした時、通常なら記憶は引き継がれるというのが前提だ。そう思ってあの時ティナやホーラは俺に接してきた。しかし、俺は記憶を失っていた。ループの前に何かが俺に起こっていた。違うか?」
「その答えは、私達の時空に行けば分かるのだよ。今ここで、君に言うつもりはないのだよ」寂しげな表情をしてティナは一刻に言った。それ以上一刻も聞かなかった。
翌日、万全ではないものの浜北は歩けるほどに回復し、三島宿を立った。沼津、原、吉原、蒲原、由比、興津と順調に進み、その頃には浜北の傷もすっかり癒えていた。次の江尻宿は静岡県静岡市清水区にあたる栄えた町並みが広がっている。ただ、この時空では異様な光景が拡がっている。建造物は石造りと動物の骨で組み上げられた前衛的な様式の家屋を目にすることもあった。道路は石畳で整備され、きっちりと区画整理された一角もあり、文明を感じさせるところがある。しかし、道路を走り抜けているのは自動車などといった機械類ではなく、大型の恐竜の背に服を着た恐竜人が跨り、「キー、ギャン」と甲高い音声で操舵している様子が方々で窺えた。四〇人か五〇人は乗り合わせることができるだろう超大型の恐竜も存在し、その種は背の形が変形し搭乗できるように凹んでいる。非常に大人しい種で、長い首で先の道を見通し運転手の指示に従っている。その乗客は多種多様に着飾った恐竜人で、皆個性を感じさせる服装と顔立ちの違いが一刻や浜北にも見て取れた。
「こんな可能性をもった時空があるのですね」と浜北は嘆息した。
「地球の気候変動が少なく、アイスボール(氷河期)が訪れなければ、この地上の主権は彼らにあった、という訳か。かなり独特だけれど、興味深い」一刻は目をキラキラとさせ、この文明に魅せられていた。
「適当に昼食を済ませましょう。顔を覆っていてください。この時空では人間や時人、あるいはその他の種は存在しません。目立った行動をすれば、警邏組織に逮捕されることもあります」ホーラは言って気を引き締めた。
既に一行は登山ルックから着替えていた。重いバックパックを捨て、この時空で一般的な一枚布のポンチョのような頭部も隠せる布を纏っている。ティナは相変わらず女王陛下の気品漂う、グレードの高い布を纏いその下にはシルク地の豪奢ないでたちである。
ファストフード店に入り、昼食を済ませた。この時空では専ら一刻が店員と会話し注文をしていた。恐竜人の言葉も一刻は三日と経たないうちにマスターし、今ではネイティブと変わらぬ発音で話している。しかし、一刻曰く、どうしても発音ができない高音があるらしく、その音が無ければ、操舵竜(輸送に使われる主族)は操れないらしい。
店の昼食は肉食が中心で、よく分からない肉と肉の間に異なる肉を挟んだ肉バーガーが最もポピュラーな品らしい。動物の骨を精巧に切り出して作られた皿は圧巻で、かざすと向こうが透けて見える薄さと強度には舌を巻くものがあった。
「食物繊維不足で便秘にならないか? 俺は三日前からでていないんだが」浜北は、恐竜族の文明に触れてからの食事に不満をこぼした。味やボリュームは申し分ないのだが、野菜類がないことで排便に不調をきたし始めていたのだ。
「そう思ってさ、店員に聞いたら繊維質のある肉を選択してくれた」一刻は葉に包まれたバーガーを配って言った。そして一同は葉を剥いて各々、食べ始めた。
「思ったよりは肉肉しくないですね。ヘルシーな味がします」ホーラは言った。
「私は好きな味だよ。で、これは何の肉なのかい、いーちゃん」
「知りたいですか?」一刻はさらりと言った。
「どうせ聞いても分からないんだろ。一刻はそうやって俺らに隠せばいいと思っている節があるからな気にくわないよ。俺はどんなやつの肉でも美味けりゃ問題ないよ」浜北は毒づいたが、「美味い美味い」と言ってバーガーにがっついている。
「いいえ、教えて下さい。私はたとえ知らない種族の肉であってもその名を知りたいと思います」ホーラは台詞を読むように言った。冷酷な目で浜北を見ている。
「教えたまえ、いーちゃん」とティナもニヤついている。
「仕方ないな。バンズに挟まれた肉はオオキナサウルスの胸肉です。柔く油分を適度に含んだ性質で、この時空ではかなり一般的食されているものですね。バンズに使用されているものは、ヤノサイガリュウの糞を醗酵させ焼き上げたものです。タンパク質ながら繊維質と同等の栄養素を含み、この時空では家庭的な主食として用いられています」
一刻の説明を聞いて、浜北はたちまち顔を青くした。逆流寸前で嗚咽すら漏らしている。他の三人はニヤついて浜北を見ている。彼らは知っていたのだ。この美味なバンズが生物の糞を原料としていることを。
それだけではない、発泡性のジュースは果実ばかりを食すキラノサウルスが夏季に内分泌系が過剰産出される時期に精製される尿を採取した物を冷蔵真空した飲料である。付け合せのポテトはナマケリュウが三ヵ月に一度目覚めた際、大量に目元から噴出す目やにを採取したもので、良質のタンパク質を含んでいる。これらを逐次浜北に説明していたら、彼は拒食してしまうだろう。
「案ずるな、浜ちゃん。この時空の文明は生物化学が発達しているのだよ。ヤノサイガリュウは完全に無菌生産された人工竜で食用なのさ。糞以外の肉は硬くて食せないが、建造物の一部に使用されている。この文明はあらゆるものが生物で構成され、鉱物による発展はしなかったのだよ」
「だから機械などの無機質なものは存在しません。このふにゃりとした飲料容器も、ある生物の胃袋で作られています」ホーラは言った。
吐き気を抑える為に、爽やかなレモン味のするジュースを飲みかけた浜北は遂に嘔吐した。ジュースの容器はピノネズミという柑橘系の果物を主食とする生物の胃や表皮によって作られている。形を保つ為にそのネズミの骨が使用され、コップ状をなしている。一匹一個のコップはこの時空では、骨を切りだして造られたコップに比べると値の張るものだったが、飲料に柑橘系の風味がつくことで重宝されているのだ。
浜北は東京を出立した時に比べて随分と痩せ、精悍な面立ちになった。悲壮漂う目元に眼鏡が光り、こけた頬を髭が覆い、厚い唇は適度にしまりを帯びた。すべて食事環境と運動量のなせる技である。
ジュースを飲み込んだ浜北は言った。
「もう驚くことに飽きましたよ。一刻の気持ちが少し分かった」と言って浜北はやけくそになってバーガーにかじりつく。
浜北和哉は東京の郊外でなに不自由のない家庭の一人っ子として育った。両親は公務員で飛び切りの贅沢はできなかったが、中流階級の贅沢はできたし両親と親類に愛されて育った。両親は厳しくも優しく彼を育て、T大学文化三類に難なく合格し、国家一種試験にもストレートで合格。順風満帆な風が彼の後方には吹いていた。就職はなんと外務省。大学時には国外への短期留学をさせたかいがあるものだと両親は胸を張った。
しかし、どうだろう。この旅で彼は不遇といわざるを得ない待遇を受けている。だが浜北は確実に成長している。メキメキと、という言葉では収まらないほどに彼は力を伸ばし、今や顔つきは野生に生きる男といってもおかしくはない。
時折、官僚にもそういう顔つきをした男が日本を動かしていた。浜北はそのラインに乗れたのだろうか、この旅を経て。それはまた別の物語。浜北と一刻、蔵持、そして鳥居大臣が特殊領事館を駆けまわる政治巨編かつSFコメディ。ここでは語られない時空の物語だ。
府中、丸子、岡部、藤枝、島田、金谷と続く街道を一同は進んだ。しばらく進んだ宿場の二川宿でティナは言った。
「円環潮流の九〇度まで来たのだよ。ここは君らの時空と同等な基幹時空だと私達は位置づけている」
「基幹時空?」一刻はたずねた。
「円環潮流の中で根本となる発展を遂げた時空です。時枝殿が生まれた時空は基幹時空に含まれます。私とファティナ陛下の生まれた時空もそうです。そしてこの時空もそうなのです。円環潮流の中、様々な可能性を有する時空を旅してきましたが、この時空は避けることはできません」
「発展しているということか?」と一刻は聞く。
「そうではないよ。基幹時空はかなりの確率で行き着く可能性を持った時空なのだよ。君に見せなくてはならない世界さ。混然としたカオスを体現した世界で、私はあまり好きではない時空なのだけれど、いーちゃんは死ぬまでこの世界に留まりたいだろうね。複雑怪奇な時空さ」ティナは涼しく言った。
十二支という概念が一刻の時空にはあり、干支とされている。この二川ではその十二支が大きな意味をもっている。二川の町並みは一刻の知っている時空と遜色がない愛知県二川であった。
「なんだか僕らのいた日本にそっくりですね」浜北は懐かしさよりも、これまでの変化に慣れすぎていたせいか、もの珍しいものを見るように二川の町並みを見ている。
「自動車や道路も整備されている。建造物も木造や鉄筋のものが一般的なようだ」と一刻。
その日は旅館で宿泊し、四人を迎えたのは人間の女将だった。しかし奥に通されると、硬い表皮をした恐竜族の男が現われた。古風な和服を纏い、貫禄のあるいでたちで四人に歓迎の意を伝えた。
「ようこそ。時の旅人さん。お待ちしておりました」
「ヘリオス。息災であったか」とティナは恐竜族の男に抱きついた。
「おや、私の名をご存知で」
「知っているもなにも。まあいい。今日は泊めてもらうよ」馴れ馴れしいティナの様子が一刻には理解できた。ヘリオスと称された人物がある人にそっくりだったから。たとえ硬い表皮に覆われていようとも、その姿は祖父の時枝整司そのものだった。似ているでは済まされない相似であった。根駒妙がティナに似ているようなものだろうかと一刻は考えたが、時空が異なればこういうこともあるのだろうと感慨に耽った。
龍をはじめ猿(人間)や犬、鼠、牛といった十二支を構成する生物はみな言葉を有して文明の一端を担っていた。竜族が頂点であり、人間がそれを補佐し、牛と馬は輸送面で役割をもち、兎と羊は紡績産業に関わる衣料品に携わり、鳥と猪は食品産業で活躍した。鼠は通信産業で、蛇は医療、犬はいろいろ手伝った。
表面上バランスがとれているように見えるこの時空は、実はかなり微妙な均衡を保って成り立っている。十二種族の全てが言葉を有し、知的な駆け引きを行うことで文明が成立しているのだから、どうして争いが起こらないのかと疑いたくもなる。その理由が虎にあった。虎族は決して表舞台には出てこないが、陰で社会の実権を握っているといわれていた。しかし、誰もその姿を見たことがなかった。ティナ曰く、時人のルーツがこの時空の虎にはあり、時間に関する何らかの能力を持っているらしい。
一刻はこの時空に魅せられ、昼夜を問わず駆け回っていた。というもの、動物が話す言葉に彼は並々ならぬ関心を示したのだ。十二種に共通言語が存在し、それがつまり日本語なのであるが、それぞれの種に固有な言語やコミュニケーション方法があり、一刻はその動物語を習得しようと躍起になっていたのだ。ティナに「二川宿にしばらく留まれないか」と言い出し、呆れられた。浜北が負傷し、三島で足止めをくらった関係で、日程の余裕はなく、一刻の申し出は却下されたのだった。
二川宿から桑名宿つまりは愛知県内の宿場では基本的に十二種族が繁栄した時空であった。三重県の桑名にさしかかると徐々に変化が起こっていた。
一刻や浜北はどうも木々や植物から「見られている」ような感覚がしていたのだ。まさかな、と二人は首をかしげ、恐るおそる聞いた。
「大抵のことには驚かないと自負しているが、まさかこの先、植物が喋ったり歩いたりしないよな」一刻は話半分、冗談のつもりで言った。
「鋭いね、いーちゃん。そういう可能性の時空はあるのだよ。まあ、この先のお楽しみさ」ティナは悪戯っぽく笑い、ホーラは無表情で歩いている。
四日市の宿場でホーラは刀剣をおもむろに抜刀し、二人の眼前に差し出した。今までは束のみで刃の部分は一刻と浜北には見えていなかったのだが、薄ぼんやりとした刃が存在している。それは螺旋構造をしていて、とても刃には見えず、目を凝らすと螺旋の中に小さな螺旋が存在し、また螺旋が続くといったフラクタル構造になっている。
「これは?」と一刻はホーラに聞いた。
「時の姿です。ファティナ陛下の時空に近づいている証拠でもあります。この先の時空では時が顕現するものとして存在し、根本的な物理概念の一端となっています」
「俺達にも時の姿が見えるようになるということか?」
「そう思っていただいて構いません。しかし、時枝殿の常識であった物理概念のいくつかは消滅します」
「光と距離はなくなるのだよ。私達の時空では」ティナは平然と言ってのけるが、流石の一刻も理解が及ばない事柄だった。
翌日、四日市の宿場を立ち、石薬師へと向かった。その最中、ついに植物が喋り始めたが浜北はもう驚きはしなかった。竜族や人間も存在しなくなり、意志のある植物のみで構成される時空はひどく穏やかでゆったりとしていた。東京を出発して二ヵ月以上が経過し、三月も下旬になると緩やかに春が訪れて来る頃である。木々や草花にとってこの季節は歓喜の季節であり、この時空でも喋る植物達がしきりに喜びを表現していた。その傍らで陽だまりの暖かさにまどろむ猫を見かけることがしばしばあった。一刻たちの様子に頓着することもなく、穏やかに目をつむってスヤスヤと寝ている猫は植物とも上手く共生しているらしい。
庄野、亀山、関、坂下と宿場を巡り、その頃には一刻も浜北も確かな変化を実感していた。周囲の景色が色褪せたようになり、色彩が失われていったのだ。滋賀県の土山宿に着いたときには、完全なモノクロとなり、影すら存在しなくなった。物体を縁取る黒色がかすかに見えているだけで、全てが白に包まれた。そのせいなのか、周囲を取り巻く様相が、舞台の書割のようにのっぺりとし、一刻も浜北も互いに顔を寄せ合ってお互いの存在を確かめ合った。
水口、石部、草津、大津の道程は無味乾燥、色彩を欠いた驚くほど味気もそっけもないものであった。歩くという行為は距離を移動するものであるという前提が崩れ、まるで同じ場所をルームランナーで歩かされているような感覚に陥り、堪らずに浜北は声を上げた。
「気が狂いそうですよ。これって進んでいるんですか?」止まろうとした浜北の尻をティナが押して歩かせた。
「止まっちゃいかんよ、浜ちゃん。今は歩くという行為が重要なのさ。ほれ、頑張って」ティナは楽しげに言ったが、ちっとも面白くない浜北はブーたれた表情で一刻を見た。
「がまん、がまん。もう少しなんだろ?」と一刻はホーラに問いかけた。
「実を言うと、土山宿に着いた瞬間にもう目的地には到着しているようなものなのです。こちらの時空では距離というものが存在しませんので、歩かなくてもいいのですが、円環潮流にのり時空を遡上する関係で、歩くという動作をしなくてはならないのです」ホーラは前を見て無表情で言った。
「この書割みたいな景色はどうにかならないのかよ。退屈で気が狂いそうなんだよ」浜北はホーラに噛み付いたが、「うるさい、このブタ野朗」と一蹴された。
色彩のない景色をひたすら歩き続け、ついに目的地に到着した。
三条大橋だ。