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「――でさ、『こういうのはムードが大事でしょ?』だって。俺だってそういうものだって思ったけど、一度も好きって言われていないし、恋人だから好かれているなんて思えないでしょ? 初めての彼女だったし……」
一週間後。俺は、真白に愚痴を言っていた。
あの日以降、真白に妙な親しみがわいてしまった俺は、家や学校での話に始まり、転校前の愚痴まで溢している。
「結局小心者なんだよな~俺って。優しいだけじゃダメなんだって。優しさだけじゃときめかないとかなんとか。優しさ大事じゃん! なんだよロマンチックって! わっかんねぇよ」
机に突っ伏し、窺い見た真白にはあの日以降これといった反応はない。少し寂しい気もするが、感情がない設定らしいし仕方ないのだろう。それに反応を示さないことが都合良い。否定されたり誰かに漏れたりすることもないからこそ、愚痴を吐ける。
「最近はさ、もっと真剣に恋愛ドラマを観ようと頑張っているんだけど、正直他人の色恋は興味ないから見るのも苦痛だし……どうしたらいいんだろ」
「……」
返事はない。
俺は言いたいことを全て言い切ると一つ息を吐いて、反応をもらえないことに少しだけ寂しく思いながら感情リキッドをちびちびと飲む。ふと視線を感じてその方向を見ると、真白がじっとこちらを見ていた。
「な、なに?」
「たまに隠れて飲んでいるけど、なにそれ」
ここ一週間壁に話しているのとあまり変わらなかったから、久しぶりの反応と感情リキッドの効果で気分が高揚しているのが分かる。
「遂に気づいちゃったか。これはね〜感情リキッド」
自慢気に言って、俺は飲みかけの感情リキッドを机の上に置く。
「そんな物飲んでいるんだ」
ふと疑問が湧いた。
感情がないと言い張る真白が感情リキッドを飲んだらどうなるのだろうか。
いや、わざわざ試す必要はない。ある種の病を患っている人と接する上で大切なのは、温かく見守ることだ。
「真白さんも偏見持ってるの?」
「別に」
「言っておくけどこれ、効果あるからね。転校してきたときもこれで乗り切れたものだし」
「そう」
「いつでもどこでも楽しい気分になれるっていうのはさ、きっとみんなの心の支えになっていると思うんだよね。公言はしてないけれど、多くの人が助けられていると思う」
「なんでそれ、濁ってるの?」
気障なセリフは無視されるのが一番心に来る。
「それは……感情リキッドって高いから水増ししてる。高校生のお小遣いではキツイんだよね。この学校バイトも禁止でしょ? だからネットでスポーツ飲料は感情リキッドの効果を増幅することができるって書いてたから、それでやりくりしてる」
「スポーツ飲料で?」
「うん」
「効果が増幅するの?」
「そうなんだよ!」
俺の言葉を受けた真白は、俯きながら震え始めた。
「ネットの情報も信じてみるもんだね」と続けると、彼女は耐えきれなくなったのか、思わず顔を上げ、無邪気な笑顔を見せた。
その表情を目にした瞬間、心臓が強く掴まれるような感覚に襲われた。
一目惚れなんて、フィクションの中だけのものだと考えていた。好意っていうのは、時間を掛けることで生まれる感情だと思っていた。
しかし彼女の笑顔を見た今、それは確かに現実にあるものだと実感した。
あどけない笑顔は普段の表情とは全く異なり、人の心を惹きつける魅力を持っている。
目の端に涙を浮かべながらしばらく笑い続ける彼女は、一人の普通の少女。不愛想な表情よりも、笑顔の方が遥かに良い。
「感情あるじゃん」
思わず口から飛び出した言葉を耳にした真白は、一瞬驚いた表情を浮かべ、こちらを鋭く睨みつける。どうやら余計なことを言ってしまったらしい。
俺はすぐに取り繕う言葉を探し始めた。
「変な意地は張らない方が良いんじゃない?」
「うるさい!」
感情を持たないという設定はどこに消えたのか、彼女の言動の節々から人間らしさを感じる。
小説を読んでくださり、ありがとうございます。
今後ともご愛読頂けますと幸いです。