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3


 映画も終盤に差し掛かり、私は君月さんが別れ際に言った言葉が引っかかっていた。


「ハッピーエンドですから安心して観てくださいね」


 ネタバレとも言えるその言葉は、少なくとも原作者自身の言葉のはず。


 だからこそ終盤へと進むにつれて、二人は種族の垣根を越え、二人いつまでも一緒に居られるのがハッピーエンドだろうと思っていた。


 でも実際は、少女を救うためにヴァンパイアが

陽の光に焼かれ、消えてしまうバッドエンド。一体どのあたりを君月さんはハッピーエンドだと思って書いたのだろう。


 ハッピーエンドだと言ったのは、単なる悪戯だったのかもしれない。


 仮に心の底からこの結末をハッピーエンドだと思っているのであれば、かなり感性がズレていると思う。常識から逸脱している天才が描くバッドエンドは私たちにとってのハッピーエンドなのだろうか。逆に気になってしまう。


 腑に落ちない結末を迎え、どうにも納得できない気持ちを抱いたまま隣に視線を向けてみる。


 そこには柊悠が居て、頬を伝う透明な雫に悲劇的な恋愛模様を写して、静かに泣いていた。


 私はせめてハンカチくらい貸してあげたいとこっそり探したけれど、毎日のルーティンが少しずつ変わった今、ハンカチを持つことすら忘れてしまっていた。


 どうすることもできないまま、じっと柊悠を見ていると、徐にポップコーンを口に運ぶ。


 感動しているのに、ポップコーンは食べるんだ。


 零れた涙が大きく開かれた容器の口に迎え入れられ、ポップコーンに少しばかりの味を足す。その様子を見て、思わず笑いそうになった。


 かねてより思っていたけれど、柊悠はどこか抜けている。お金が掛かるからと、感情リキッドに異物を入れて却って無駄にしていたし、財布とスマホも忘れていた。


 私に関わればクラスの皆に嫌われてしまうことは分かっていたはずなのに、結城渚の前であんなことまで言う。


 ただ感情に素直な人なだけかもしれない。


 いつの間にか映画はエンドロールに入っていて、柊悠は泣いていたことを悟られないようにと目元を何度も拭っていた。


 ほとんどの人が席を立ち、出口に列を成している頃、尋ねてみた。


「どう?」


 目を見て話せ。小さい頃に教わったことすら、今の私には出来ない。


「良い映画だったと思う」


 どこか他人事のような感想に私は少しだけ踏み込む。


「泣いてたしね」

「泣いてないけど」


 強がった言葉を受けて、私は柊悠の方を向いた。視線が合って、幸いにも向こうが外してくれる。


「でも目赤いよ」

「あぁ、痒かったから」

「そうなんだ」

「高校生が恋愛映画で泣くわけないでしょ」

「そうだよね。それに君月さんが原作の映画だから、泣いたらきっと揶揄われるだろうし」


 私の付け足した言葉に赤く腫れた目を大きくして驚く。


「それホント?」

「うん」

「君月さんが言ってた?」

「うん」

「また俺のことを揶揄おうとして言っているだけなんじゃ?」

「そこまでは知らないけど」


 すると直ぐにスマホで調べ始めた。


「君月じゃない……ペンネームか」


 覗き込むようにスマホの画面を見てみると、原作者の欄に『すもも』と書かれていた。


「君月さんっぽい」

「へ、へぇ」

「下の名前に確か『もも』がつくはずだから」


 覗き込んだ姿勢のまま見上げるようにそう言うと、柊悠は少し動揺していた。


「そ、そうなんだ。だから『すもも』ね……ってマジかよ。あの人の創った話に感動したのか」

「やっぱり泣いてるじゃん」

「泣いてないって、感動しただけで泣いてはない。ギリギリ」

「変なところで素直じゃないね」


 ついさっき感情に素直な人だと憧れにも似た感情を抱いていたから、余計な言葉を挟んでしまう。


「本当のことだし」


 小学生みたい。


 それならと、私は続けざまに言う。


「もう一回、感情を検査してもらう?」


 勢いよく顔を向けた柊悠と目が合った。数秒無言の時間を要して、私たちは目を背けた。


 気が付けば館内に人の気配は無くなっていた。


 何を言うべきか、心臓だけが激しく音を鳴らすばかりで何も思いつかない。未知の間と雰囲気が私たちを包む中、柊悠が口を開いた。


「あれは、その、精度が悪かった、とか……」


 歯切れの悪い言葉に浮ついていた気持ちが少しばかりの冷水を浴びせられたように萎んだ。同時にムカッと来たので、私が期待した言葉ではないらしい。


「そう。私も同じ結果だったんだけど、精度の問題なんだ」

「えぇ!」


 ペラペラと語り出すこの口を誰でもいいし、手段も問わないから塞いで欲しい。そう心の底から願うと今度は焦り、上ずった声が横から聞こえてきた。


「ち、ちが――」

「すみません」


 何かを言いかけたところでいつの間にか近くに来ていたスタッフに声を掛けられた。退館を促されて、私たちは謝罪の言葉を最後に黙ったまま外に出た。

 


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