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俺は今、好きな人と一緒に映画を観に来ている。
この状況だけを切り取れば青春を楽しんでいる一人の高校生として浮かれたくなるけれど、少なくとも俺はそんな気分に浸ることができない。
真白のことが好きだと、真白の前でバラされ、さらにはあの悪魔に揶揄われた俺は逃げ出したんだ。研究室を飛び出した後、階段を駆け下り、両脇に青々とした木々が植えられている道を足早に歩いていた。
余計な気を起こさなければ良かったと、帰りの電車を調べようとして、ポケットを探ると空だった。スマホをあの悪魔の下に置いてきてしまった。取りに行くべきだけれど、もう戻りたくない。
忘れたフリをして明日にでも再び取りにこようと思い、とりあえず帰ることを優先した。電車だって待っていればくるし、駅員に聞けばいいだけの話だ。
でも財布もなかった。
歩いて帰るべきか。でもスマホもないから道も分からない。
それなら取りに戻るべきか。好きだとバラされ、それすらも無視され、しつこく揶揄われるだけのあの空間に?
絶対に無理。
途方に暮れていた俺は近くにあったベンチに座り込み、項垂れた。意気消沈した大学生の一人として、大学に溶け込もうとした。
時間も経てば真白は帰るだろうから、そうすれば悪魔もただ煩わしいだけの存在になる。対処法なんて無視すればいいだけ。無視して忘れものだけ取って即帰宅。
完璧な作戦のためにも時間を浪費しようと、上を見上げ、日差しから俺を防いでくれている木々の青さを呆けて見ていた。
しばらくそうしていると俺の隣に誰かが座った気配がした。
緊張が走る。そもそも俺は大学生ではなく、ただの不審者でしかないのだ。
すぐに注意されるのかと思いきや、何も言われない。
ただの大学生なのかとちらりと窺うとそこには真白ゆきがいた。
「うわ!」
想定していない事態に思わずベンチから落ちそうになるも平静を取り繕った。
「な、なにしてるの?」
俺は今どんな顔をしているのだろうか。引き攣った笑顔でも浮かべられているのであれば、俺は俺を褒めたい。
「……」
真白が反応するわけもないか、と諦めて席を立とうとしたところで、真白が無言で一枚の紙を俺の前に差し出した。
「なにこれ?」
また無視。
どういうつもりなんだろう。
俺が困って真白の顔を覗き込もうとすると、顔を背けた。それでも、腕を下げようとしない。
意味が分からない。
限界が近いらしく、真白の腕がぷるぷると震え出すのを見て、慌てて受け取る。
見てみると、それは映画のチケットだった。
俺は本当に理解できなくて、「なにこれ?」と再び尋ねる。またしてもそれに関する返答はなくて、代わりにスマホと財布が返ってきた。
「あ、ありがとう。でもなんで映画のチケットも?」
「……君月さんに言われて」
君月さんに言われて?
もう一度映画のチケットに目を向ける。タイトルは聞いたことがあるような、ないような。映画には疎い俺はタイトルをネットで検索してみる。
出てきた検索結果には『人気の恋愛小説が待望の映画化!』と書かれていた。
またしても揶揄われていると感じた俺は、腹が立ち、それを破ろうとした。
でも真白の次の言葉でそれは止められた。
「一緒に観に行かない?」
耳に届いたその言葉は果たして、真白ゆきという少女から発せられたものだったのだろうか。
全く確信が持てず、俺は聞き返してしまう。
「だから、一緒に観に行くって言ったの」
真白と関わりを持ってから、俺の情緒は乱れまくりだ。
何がどうなって俺は今、好きな人に恋愛映画を一緒に観ようと誘われているのだろう。
どんな言葉を返せばいいのか見当もつかず、呆気に取られていると、真白は立ち上がった。
そして一瞥もくれず言う。
「行くの? 行かないの?」
その言葉に弾かれたように立つ。
「行く、行くよ」
読んでくださり、ありがとうございます。
今後ともご愛読頂けますと幸いです。




