感情リキッドの作り方2
家に帰る頃には、夜も更け、玄関の電気だけが付いていた。
ゆきはもう寝たのか。
時計を見てみると、既に日を跨いでいた。
寝室に行くとそこには寂し気なベッドがぽつりと佇んでいる。今までも帰るのが遅くなることはあったけれど、家に帰ればそこにはあかりがいた。
不意に涙が零れてくる。
俺はどうしたらいいのだろう。
あかりを殺した人間を感情を生産するだけの道具にするのは明らかに人としてやってはいけないことだ。そんなことをしてもあかりが帰ってくるわけでもないし、あかりもそんなこと望んでいるわけがない。
でも、もしそれであかりのように殺される人を減らすことが出来るのだとしたら。
それは一体どちらに正義があるのだろうか。
あかりが望んだ世界は、あかりが望まない方法で叶えることが出来るかもしれない。
次々と溢れてくる涙をなんとか堪えて息を整える。ふらふらとおぼつかない足取りで、ゆきの部屋へと続く廊下を進む。
どうしてこんなことになったんだろう。
どうしてあかりが死ななくちゃいけなかったのだろう。
心にあった大事なものがあかりの死に倣ってどこかに消えてしまった。犯人を目の前にしても激昂するわけでもなく、どこまでも傍観者でしかなかった。
復讐と思うことができたなら、嬉々として君月の提案を受けただろう。
でも現実は、行為自体を非人道的だと非難することだった。それは一人の人間として正しい行為なのかもしれないけれど、愛する人を殺された人間としては欠如しているではないか。
誰でもない自分にそう言われている気がして、胸がズキズキと痛んだ。
以前は真っ暗な廊下を怖く感じ、大人なのに恥ずかしいと思っていたのだけれど、今となってはただ心に渦巻く闇を掻き立てられて落ち着かない。
重い足取りで到着した扉には、幼い頃の可愛らしい文字で『ゆきちゃんのへや』と書かれたネームプレートが掛けられていた。目に入ったそれが奥へと押し込んだ涙を再び引き上げてしまうのは仕方のないことだった。
涙を拭い、濡れた手をドアノブに掛ける。起こさないように慎重に下げて、中に静かに入った。
年頃の娘の部屋に入るのに抵抗はあったけれど、どうしようもなく一目見たかった。
橙色の小さな明かりの下で、ベッドに寝ているゆきの顔を見ると酷く安心した。
俺が大切にできるものはもうたった一つしかないのだ。
あかりが亡くなってしまった今、俺がゆきを守らなければならない。
例えそれが誰かの犠牲の上に成り立つ平穏なのだとしても、ゆきが幸せになれるのであれば親としてそうすべきなんだ。
少し乱れていた布団を掛け直し、そっと部屋を出た。
きっとどっちの選択をしても後悔はするのだろう。
感覚を奪って『楽しい』という感情だけを生産する機械として人を扱うことを、非人道的行為と切り捨てることは簡単だ。でもそう非難したところで何も変わらない。あかりが殺された世界はどこまでもあかりが殺された世界であり続ける。
「死刑になりたかった」
勝手に人生に絶望して、自分勝手に人の命を奪ってしまう。そして誰が犠牲になっても不思議ではない。
それは想像すればするほど怖くなる。
もしゆきが殺されてしまったら……
ゆきを守るためならば、俺は例え人を人と扱わない悪魔になったとしても本望だ。
地獄で糾弾されるのだとしても、残された者としてやるべきだろう。
それでもあかりならきっと別の方法を見つけようと足掻いただろうな。あの底抜けに明るい性格の下、世界中の皆が幸せになれるような方法を探すんだ。
でも、俺はあかりのように頭が良くないから……
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