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「それじゃあ持ってきますので、二人で仲良く話でもしておいてください」


 君月さんは余計な一言を残して、部屋を出て行った。


 一言多い人間というのは、どんな局面でも言う必要のないことを言ってしまうのだろうか。もはや病気だ。


 現に君月さんの一言のせいで、空気が重く感じる。余計なことを言われなければ、さっきの言い争いなんて無かったかのように話し掛けに行っただろうに……。


 気まずい。


 二人しかいないのに、このまま立ち尽くしたままというのは気が引ける。「あなたと一緒にいるのは、気まずいから遠くにいます」と体現しているようなものだ。


 俺は押し黙ったままテレビを正面にした一人掛けのソファに座った。さっきまでの喧騒が嘘のように、静かな部屋にはニュース番組の音だけが流れていた。


 真白をちらりと見ると、無表情でテレビに目を向けていた。


 笑ったり、怒ったり、既に感情豊かであることくらいバレバレなのに、無表情を取り繕う。まるで二か月前に戻ったみたいだった。


 でも二か月前よりも真白のことが分からない。


 それでもこの場では真白が口を開くことはないだろう。


 手始めにと、先ずは咳払いをしてみた。


 もちろん無反応。


 ゴソゴソと意味もなくポケットをひっくり返してみたり、座り直してみたりしても、一層気まずく感じるだけだった。


 俺は決意を固め、適当な話題を振ろうと口を開きかけたその時――


「お待たせしました~」

「はやっ」


 君月さんは両手にアタッシュケースを持ち、脇にタブレットを挟んで帰ってきた。タブレットを落とさないように必死に力を入れている姿が馬鹿みたいで滑稽だった。


「盛り上がっているようで何よりです。もっとゆっくり取りに行けば良かったですね」


 こんな葬式みたいな雰囲気の中では、薄っぺらい君月さんの言葉が宣託のように聞こえた。


 持ってきた物を机の上に丁寧に置いていく君月さんに「嫌味ですか?」と言うと「何のことです?」と軽く流される。


「それで? 何ですか、それ」


 大方予想はついているが、君月さんが持ってきたアタッシュケ―スを指して尋ねる。


「これは私が開発した使い捨てお手軽感情検査キット『感情分かる君』です」

「ネーミングセンス死んでますね……もしかして感情リキッドって名前も君月さんが考えたんですか?」


 以前から感情リキッドってあまりにも直球過ぎると感じていた。もっと良い商品名があっただろうに。


「いいえ、私が考えた名前は通らなかったので」

「何て提案したんですか?」

「感情浸る君」


 頭の悪そうな案を言いながらアタッシュケースを開いた。


 中にはスマホよりも少し大きな機械や、細長い透明な容器に入った鮮やかな赤い液体、そして整然と収められた注射器が見えた。


 一体何をされるのだろうか。俺は途端に怖くなって尋ねる。


「何するつもりですか?」


 俺の問いかけに君月さんは不思議そうに言った。


「感情を調べるつもりですが」

「そうじゃなくて、やり方の話」

「さては悠くん注射器を見て怖くなったんでしょう?」

「普通に得体の知れない人に注射されるかもしれないのが怖いんですけど」

「安心してください。私医師免許も持ってますので」

「いや、そういう話じゃなくて」


 医師免許を持っているから何だと言うんだ。


 こんなマッドサイエンティストみたいな性格をした人に、よく分からない機械で感情を調べると言われて一体誰が納得するというのだろう。


「その赤い液体注射する気?」


 ごく自然に湧いて出た疑問をマッドサイエンティストは笑って否定する。


「そんなことしませんよ」

「じゃあ、何それ?」

「これが『バケモノの血』です」

「今くらい茶化さないでください」

「本当のことですから、茶化すなと言われましても。見てくださいスポーツ飲料にはない美しい赤色でしょう?」


 相手にしてはいけないと学んだはずなのに、どうしても相手にしてしまう。それをまた茶化されて……これじゃあ永遠に俺がイライラさせられるだけじゃないか。


 俺は深呼吸をして話を戻す。


「で、結局何するんですか?」

「採血するだけですよ。ちょっと血をもらって調べるだけです」

「感情って脳とかなんじゃ……」

「ですから革新的なんですよ! 感情リキッドだって麻薬の成分が入っていて、それが脳に作用して感情を誘発するとかではないですからね。誰もが感じるような『楽しい』という感情をそのまま商品にしただけですから。検査方法だって、また特別なんです」


 詐欺師の口はよく回ると言うけれど、その意味をたった今実感した。


「悠くんが注射怖いよ~と言うのなら仕方ありません。強制しているわけでもないですから」


 俺から目を切ると、真白に聞いた。


「ゆきちゃんも悠くん同様、感情を調べるのはやめておきますか?」


 考えてみると、俺は真白の感情を知りたいけれど、真白は俺の気持ちなんてどうでもいいはず。それなら真白が感情を調べられる意味はどこにあるのだろう。


 さっきは売り言葉に買い言葉で「どっちでもいい」なんて言っていたけれど、冷静になった今なら受けないんじゃないのか。そうなったら真白の真意も分からないまま終わり……


「やる」

「悠くん何か言いましたか?」

「俺はその検査やるって」


 君月さんは、まるで最初から知っていたかのように微笑みながら「そうですか」と言った。


「悠くんがそんなに言うなら仕方ないですね。ゆきちゃんも一緒にやりましょう」


 そう言うと即座に採血の準備に入った。


「それじゃあ先ずは悠くんから」


 慣れた手つきで消毒や駆血を始めると、気が変わらないうちにやってしまおうという魂胆が透けて見えるほど手早く針を刺してきた。


 普通に考えれば有り得ないこの状況。


「仮にも教育者ですよね? こんなことしてもいいんですか?」


 血液が抜かれていく中、不満そうに尋ねると「全然問題ないですよ」とあっけらかんと言われた。さらに「賄賂とか渡してるので」と小声で付け加える。


 一介の高校生が聞いてはいけない爆弾発言だったが、そもそも目の前の人物の言葉は信用ならない。仮に賄賂で取り計らってもらっていたところで、それこそ高校生がどうこうできる話でもないだろう。


「告発しようかな」


 ボソッと呟くと「困りますね」と君月さんは大きく笑った。


 マッドサイエンティストの手に渡ってしまった俺の血は、アタッシュケースの赤い液体と共に機械に差し込まれた。君月さんはそれをぐるりとひっくり返して机の上に立てて置くと、二つ目のアタッシュケースを開いた。


「次はゆきちゃん」


 全く同じ手順で、真白の方も迅速に終わらせる。


「お手軽だったでしょう? あとは結果が出るまでお待ちください」

読んでくださり、ありがとうございます。

今後ともご愛読頂けますと幸いです。


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