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「感情リキッドの開発には私が一役も二役もかっているんです。こう見えても私って意外と凄い人なんですよ?」


 自信満々に語る君月さんを見て俺は「確かに凄い人には見えませんね」と皮肉を込めて返した。


 それなのにフフンと鼻息を鳴らすと「でしょ〜」と誇らしげに頷く。頭は良いのかもしれないが言葉の裏や人の気持ちには鈍感なようだ。感情を研究しているくせに。


「感情リキッドを開発している人がその製品の嘘なんて流しても良いんですか?」

「馬鹿にされるなりして少しでも話題に上がればそれで良いかなと思って作ったんですよね。そもそも暇つぶしの一環だったので。それにさすがに信じる人はいないあろうと思っていたのですが……」


 最後の言葉を曖昧にして、俺に一瞬目を向けた。


「後で消しておきますね。それに全部が全部嘘っていうわけでもないんですよ?」


 言葉の端々から軽蔑されているように感じる。


「よく言うじゃないですか。嘘をつくときには少しの真実を混ぜると効果的だと」

「じゃあその記事のどこが真実なんですか?」

「感情リキッドの効果を引き上げる方法がある、という部分ですね」

「どうせそれも嘘だろ……」


 小声でぼそりと呟いた俺の言葉に、君月さんは敏感に反応した。


「嘘じゃないですよ。確かに存在します。知りたいですか? 知りたいですよね?」


 口元をにやりと歪めながら、実に楽しそうに近づいてくる。まるで新しい玩具を買ってもらった子供のようだ。


「なんですか」

「それは~化けモノの血だぁ!」


 自分よりデカい大人に唐突に声を張り上げられ、身体が一瞬緊張してしまった。


 それを見た君月さんは、口元を抑えながらケラケラと笑う。


 完全に弄ばれている。


「馬鹿にしてますよね? 研究者って性格が破綻していないと成ってはいけないみたいな条件でもあるんですか?」

「ひどい言いぐさ。ゆきちゃん聞きました?」


 被害者面をしながら「僕だって本当のことを言うんですけどね~」とぼやくのを聞いて、相手にするだけ無駄だと知る。


 俺は大きな子供を無視して、真白の方へと歩み寄り、すぐそばに立つ。


 そしてできるだけ見下ろすことを心掛けながら話し掛けた。


「俺のこと馬鹿にしてたんだ」


 すると真白は立ち上がり、俺の目を真っ直ぐ見つめた。そしてこともあろうか「悪い?」と開き直ったのだ。


 全く負い目を感じていないその言動に俺は言葉を返す。


「あの時、教えてくれても良かっただろ」

「勝手にペラペラ話してきたのはそっちでしょ」

「それは……」


 愚痴の捌け口にしていたことを指摘されて申し訳なくなるも弱気になってはいけないと気を取り直す。


 それはそれ。これはこれだ。それにあの時は真白の方から質問してきたはずだ。


「でも感情リキッドに関しては、真白の方から聞いてきたじゃん」

「聞いてないし」

「聞いてきた」

「聞くわけない。それに私は関わってこないでって言った!」

「なんで今そっちが怒るんだよ。そっちだって感情が無いとか言ってたくせに随分感情的になるんだな」

「なってない」

「怒ってるじゃん」

「怒ってないし」

「それに前は泣いてた」

「泣いてない!」


 俺たちが言い争っていると君月さんが口を挟んできた。


「もーそんなことどうでもいいじゃないですか。なんでがきんちょ二人の痴話げんかを私が聞かないといけないんですか~」


 目を瞑り、呆れた様子で頭を振る。


「ゆきちゃんは優しい子ですから、別に悠くんを馬鹿にしていたわけじゃないと思いますよ。小馬鹿にしているのは私です」


 こいつ。


「もういい」


 不貞腐れて扉に向かって歩き出し、誰にも聞こえないような小声で「俺のこと嫌いなんだろ」と漏らしていた。


「馬鹿にされているとか嫌われているとか、悠くんは酷く女々しいですね」


 聞こえていないと思ったのに、普通に聞かれていた。自分でも情けないと感じた愚痴を聞かれ、俺は恥ずかしさで唇を噛んだ。


「それじゃあお互いにどう思っているのか、今ここで調べてみましょうか」


 その突拍子もない提案に何も言えずにいると、君月さんはそれを肯定的に受け止め、さらに続けた。


「そうと決まれば早速やってみましょう。先日最新機器も届いたことですし」

「待ってください。誰も受けるなんて一言も言ってないし、そもそも人の感情を調べる?」

「ええ」

「脳波を調べるとか?」

「大体そんな感じです。感情を調べること自体は簡単なのでそんなに身構えなくても大丈夫ですよ。それ以上となると……まぁ今は秘密にしておきましょう」


 俺の不服そうな態度を見て、君月さんは諭すように言う。


「悠くんが将来この研究室に入ることがあるなら、いずれ教えるかもしれません」


 そっちの話はどうでもいいんだけど。


 「まぁそれはそれとしまして。それで、どうしますか? 女々しい悠くんは怖いから辞めておきますか?」


 どうしてこうも人を逆撫でするようなことを言うのだろうか。


「ゆきちゃんはどうですか?」


 挑発に乗らず、早くその場を離れようとしたのに、君月さんの誘いに真白が何と答えるのかを耳を澄ませていた。


「どっちでも良いです」

「それじゃあゆきちゃんはやるということで」


 後ろを振り向くと、真白の隣にいる君月さんと目が合ってしまった。表情だけでここまで人をおちょくれるなんてもはや尊敬する。


 感情を調べることが出来るなんて想像もできないけれど、仮にそんなことができるなら絶対に受けたくない。


 受けたくはないのだが……正直、真白が何を思っているのか分かるのであれば、それは知りたい。


 人の感情を知りたいなんて傲慢な考えかもしれないけれど、憶測で一人心をかき乱されるくらいなら知っておきたい。


「分かりました」


 俺が参加の意思を告げると「それじゃあ決まりですね」と実に楽しそうに言った。


 きっと大丈夫だろう。今の俺の感情は君月さんへの苛立ちがほぼ全てを占めているはずだ。

読んでくださり、ありがとうございます。

今後ともご愛読頂けますと幸いです。


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