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 部屋に入ると、冷蔵庫や電子レンジ、机、ソファ、さらには壁に埋め込まれたテレビまで目に飛び込んでくる。


 休憩スペースらしき場所で、一人の少女が入口に背を向けソファに座っていた。それを目にした瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃が全身を貫いた。


 真白だ。真白ゆきがいる。


 これと言った根拠は持ち合わせてはいない。でも俺の直感が強く働きかけてくるんだ。


 その姿を見ただけで、胸の奥から熱い感情が湧き上がり、それが喉元まで達してピタリと止まった。


 一体何を言えば良いのだろう。泣きながら暴力に訴えさせてしまった真白に俺が、一体どんな顔をして会えばいいのだろうか。


 会えなくなってしまった時はあれだけ会いたいと願っていたのに、いざ会ってしまうと困惑する。


 研究室に一歩踏み入れたまま動けずにいると、君月さんが俺に向けて紹介をする。


「こちら真白ゆきさんです。公人さんと面識があったようにも見えたので、もしかしたら初対面というわけではないかもしれませんね」


 君月さんは俺と真白の制服を交互に見ると「あれ? クラスメイトとか?」と鋭い推理をする。


「既知の仲かもしれませんが、一応ゆきちゃんにも紹介しておきます。こちらさっき会ったばかりの柊悠くんです」


 紹介してもらっておいて申し訳ないが、俺と真白との関係は知り合いなんて軽いものじゃなく重くて苦々しいもの。


 一人テンションの高い君月さんが全く反応しない真白から離れて俺にひそひそと尋ねてくる。


「もしかしてゆきちゃんに嫌われています?」


 仮にそうだったとしても誰が「そうなんですよ」と軽々しく答えられるだろうか。俺もまた口を噤んだ。


「うーん、困りましたね。間に入ってくれそうな子も今日はいないですし」


 口にする言葉は困っていそうだが、ソファまで迷いなく歩き、ドカッと座った。傍からみれば、少しも困った感じには見えなかった。


 机においてあったのだろうお菓子を小気味よい音で食べ始めると、ついでと言った感じで俺に尋ねてくる。


「悠くんはこの研究室が何をテーマにしているか知っていますか?」

「いえ、知りません」

「私の研究室ではですね~なんと感情を研究しているんです」


 きっとこういう大人にはならない方が良いという反面教師を演じてくれているのだろう。そうでなければ、大人がこんなにも適当に生きているわけがない。


「悠くんは感情リキッドを使ったことがありますか?」


 軽薄な人間なのに、常に敬語なのがまた引っかかる。一線は超えないように上手く調整しています、みたいな。


 俺は真白がいる手前、余計なことは言わず素直に答えた。


「一応、今日も持ってきてますけど」


 俺はポケットから常備している予備の感情リキッドを取り出して見せる。


 それを見た君月さんが慌てて駆け寄ってくると感情リキッドを手に取り、天井の照明に翳した。


「これは……なんでしょう。感情リキッドってこんな色でしたか?」


 訝しげに俺の持ってきた感情リキッドを見つめて、首を傾げる。


「少なくとも市販されている物ではないと思うのですが……さては悠くん、偽物でも掴まされましたね?」

「普通に公式サイトから買ったんですけど」


 理由が思い当たらない君月さんは「うーん」と考え込んでいる。こと感情に関しては軽薄な性格も鳴りを潜め、真剣になるらしい。


 今の俺にとって君月さんがどんな人間なのかはどうだっていい。そんなことよりも奥にいる真白に視線を移してみると、肩を震わせていた。


 覚悟を決め、真白に向けて口を開いたと同時、君月さんが再び質問を投げかけてきた。


「悠くん感情リキッドに何か混ぜましたか?」

「スポーツ飲料を混ぜただけですけど……」


 俺が邪魔そうに答えると、君月さんはぐいっと身体を寄せ、覗き込むように俺を見てきた。


「感情リキッドにスポーツ飲料を混ぜる? それはどういった意味が?」

「いや、ネットで感情リキッドの効果を増幅させるって書いてあって、それで感情リキッドって高いしあんまりお金ないから……」


 君月さんは、何かを悟ったかのように「あ~」と声を漏らすと大きな声で高らかに笑い出した。


 そしてスマホを操作すると「もしかしてこのブログを見たんじゃないですか?」と俺が参考にしたページを見せてきた。


 それは確かに俺が参考にした記事で、「そうです」と答えるとさらに笑い声が増した。


「本当に騙される人がいるんですね」

「どういう意味ですか?」

「これ私が適当に作った記事です。以前暇だったときにちょっとした好奇心で感情リキッドについての嘘の記事を書いてみたんですよ。丁度ゆきちゃんもいたので、混ぜるなら何がいいか聞いてみたらスポーツ飲料と答えたのでそのまま載せてみたんです。さすがに誰も騙されないだろうって二人して言っていたんですが……まさか……」


 言っている途中で耐えられなくなったらしく吹き出した。その態度に腹が立ち、俺は反論する。


「でも効果はありましたから。感情リキッドの量が少なくても、確かに効果は感じました」


 学校に行く前や嫌なことがあったときにこれを飲めば確かに楽しい気分になれた。それは嘘じゃなくて事実としてあった。


「てきとうなことを書いたつもりが、図らずも当たってしまったんじゃないですか?」


 俺の言葉を聞いた君月さんがお腹を抱えて笑い出した。時折「ひぃ」と引き笑いも交えるのが、一層イライラしてくる。


「ゆきちゃん聞きました?」


 真白の方を見てみると、前屈みになって震えている。その光景に見覚えがあった。以前、感情リキッドとスポーツ飲料の関係について言及した時、真白は笑っていた。初めて見た笑顔の印象が強すぎて忘れていたが、真白の奴あの時から人知れず俺のことを馬鹿にしていたんだ。


 ここ一週間程、真白に対して負い目を感じていたのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。


「それプラシーボ効果ってやつですよ。悠くんは思い込みが強いのかもしれませんね。家電とか購入しても説明書をよく読まないでしょう? 感情リキッドはそのまま使うようにと記載されているはずですよ。そのまま使わないと効果はありません」


 情緒がめちゃくちゃになって、俺は叫んでいた。


「なんであんたにそんなこと分かるんだよ!」


 感情を研究している人に言うのもどうかと自分でも思ったが、もう止められない。しかし君月さんは予想外の答えを返してきた。


「私が開発したので」

「え?」

「厳密に言えば私一人で開発したわけではありませんが、主に私とゆきちゃんの両親で感情リキッドを作りました」

読んでくださり、ありがとうございます。

今後ともご愛読頂けますと幸いです。


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