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(3)


 休日は決まって市民図書館に行く。


 開館から閉館まで一日を図書館で過ごす。今までは静かで何も起こりようのない空間として最適な場所だったのだけれど、無意識に目の前の席に視線を向けてしまう。


 いるはずのない柊悠を無意識のうちに探してしまう。


 良くない。


 会っていない時間さえも考えてしまうなんて、感情を育ててしまうなんて、決してあってはいけないんだ。


 私は持ってきた問題集を開いて、余計なことを考えないようにひたすら問題を解いていった。


 家に帰ってもどこか心がもやもやして一向に晴れる気がしない。


 何も考えないように、何も考えないように、ってして、いつの間にか考えている。纏わりつく気持ちを鬱陶しいと感じているのに、不快感は覚えない。そう思ってしまう自分が嫌いでより一層かき乱された。


「遅い……」


 お父さんの帰りが遅くなる日は仕事柄多いから、いつもの習慣に呼ばれる時間は正確には決まっていない。


 帰りを待つことなんてお母さんが亡くなって不安に駆られていた時以来だった。それからしばらくして習慣が始まり、お父さんが狂ってしまった。


 昔のことを思い出して心が沈み込んでいると玄関の方で「ただいま」とお父さんの声が聞こえてきた。


 私はいつもなら決して言わない「おかえり」を言った。


 お父さんは驚いて一瞬だけ呆けていたけれど、直ぐに笑顔を浮かべた。


「おいで」

「はい」


 いつもの部屋に呼ばれて、いつもの習慣が始まった。


 ただそこにいつもの質問はなかった。何かあったか、と問われても上手く答えられる気はしないけれど、それでも柊悠のことを洗いざらい全て話そうと思っていた。


 お父さんは質問の代わりに黙ったまま腕に二本の管を付けると、機械を起動させた。


 血液が管を上り、機械に入っていく。


 まぁいいやと私は目を瞑って静かな部屋の中で響き渡る機械音に耳を澄ませた。わざわざ話さなくても、私の感情は筒抜けなんだ。それにこのもやもやと晴れない気持ちも持っていってくれるはず。


 でも直ぐに機械の音が止まってしまった。


 心のもやもやは依然として残ったまま、私は部屋に帰される。

 



 月曜日。いつものように誰よりも早く登校して、読書や自習をしていた。


 ぽつぽつと登校してきたクラスメイトが教室に入ってきて、朝練終わりの人たちも時間の経過と共にやってくる。


 次第に活気づく教室はいつものように時間ギリギリに来る柊悠を受け入れる準備をしていた。


 だからこそ私は、柊悠がクラスで浮いていると知っている。


 チャイムが鳴った後、滑りこむように入ってきた柊悠は誰にも挨拶をされず自分の席に着く。


 休み時間だってそう。誰かに話掛けるとあからさまに距離のある反応をされていた。その度に納得したような表情を浮かべて、呆れたように笑う。そんな姿を見ていると胸の奥が少し痛んだ。


 私に関わるからだ。最初から関わらなければ、クラスメイトとも仲良くやっていけたのに。


 いい気味だった。


 何度も警告はしたのに。それなのに何度も関わってきて……馬鹿な奴。


 それでも放課後の時間では、昼間のクラスでのことなど曖気にも出さず以前と変わらない様子だった。


 いっそのこと「お前のせいで」とか「お前さえいなければ」とか、私のことを嫌って私の心を晴らしてくれるような甘言を言ってくれれば良かったのに。


 嫌われることも嫌うこともできず、ただ感情が募っていくばかり。


 次の日も。その次の日も。


 繰り返される日々の中で一緒に過ごす時間を重ねるほど、言い知れぬ感情は膨張していった。


 いつか消されてしまう感情が大きくなり、自分にとって大切なものへと変わっていくのが怖くなる。


 柊悠のことを『好き』と認めることは簡単だけれど、それを認めてしまえばもっと想いが強くなってしまう。仮にそうしてかけがいのないものへと変わったときに、感情を抜かれてしまえば私の心は耐えられるだろうか。


 お母さんへの思いも友達への思いもどれもこれもなくなってしまって、もう大切な人を作らないと決めていたのに。


 もう失うのが怖かった。


 誰かへの感情を一方的に失うのはもう嫌だ。


 親しくなって、相手への思いが消されて、それなのに自分への好意だけはもらって、それなのに何も思えなくて、取り繕って、また気持ちが生まれて、また消えてしまう。


 もう二度と関わって欲しくない。


 だから私はもう一度、柊悠を叩こうとした。でも振り上げた手は力なく落ちていった。



小説を読んでくださり、ありがとうございます。

今後ともご愛読頂けますと幸いです。


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