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感情すら商品として売買されているこの世の中で、俺は分厚く不格好な日記帳を毎朝読み込まなければいけない。
表紙を捲った見返しには丁寧な文字で「柊悠は真白ゆきを愛している」と書かれていた。パラパラとページを捲ってみると、所狭しと写真が貼られている。どの写真を見ても焦点は一人の少女に当てられていて、時折照れた笑顔の俺が隣に居た。
冷めた気持ちで漠然と見ていた日記帳を閉じると、辟易とした気持ちに呑まれそうになって両手で頭を抱えた。
肺に沈む溜息を全て吐き出し、頭を覆う指を始め全身に力を込める。
そうして今日を迎える覚悟を捻出してから、袖箱下段に入った二種類のアンプルと注射器を取り出す。
片方には溶解液。そしてもう片方には『恋愛』が入っている。
アンプルを二つとも割り開けて、はじめに真っ赤な溶解液を注射器で吸い上げた。
続いて混沌色の液体が入ったアンプルに溶解液をゆっくりと注入し、溶け合ったそれを再び注射器で吸い上げた。
針を変えて空気を抜き、針先から一滴の赤黒い液体が流れる。
大きく息を吐いて、再び日記帳に視線を落とした。そこに綴られている興味のない色恋を知り、義務を果たすために覚悟を決める。
深呼吸をした後、太ももを消毒して、軽く摘んだ皮膚に針を刺す。そしてゆっくりと指を押し込み、中身を全て注入した。
すると胸の内から沸々と多彩な感情が湧き起こる。
「何か」を切なく想う。
「何か」を守りたく想う。
「何か」を好きだと想う。
どうしようもなく「何か」を愛おしく想う。
でもその「何か」が分からない。致命的なまでに心から欠落していた。
それはきっと過去の俺が大切にしていたモノで、今の俺が失ってしまったモノ。
だからこそ大切なはずだった「何か」を埋めるように大切だった日々を捲っていく。