第47話 ブラックフェンリル
それから、ブラックフェンリルはミズトの後を付いて来るようになった。
身体が小さいため、普通に歩いているミズトに、小走りしてやっと付いて来ている様子だ。
「なあ……おまえ、付いて来ないでもらえると助かるんだけど……」
「クゥゥゥン」
ミズトがたまに立ち止まり振り返ると、ブラックフェンリルは甘えたような声を出す。
(クソ、この犬あざとくね? 置いて行きづらいんだけど)
【彼は命の恩人であるミズトさんに好意を抱いているだけですので、行動に含みはございません】
(………………)
そのうち腹も減って諦めるだろうと、後ろを振り返らずに街道まで歩いて行くことにした。
(エデンさん、ブラックフェンリルは何も喰わねえのか?)
ブラックフェンリルを助けた場所から、一時間ほど歩いて街道へ出ると、まだ付いて来ている小さな気配を感じながらミズトは訊いた。
【彼は精霊かモンスターですので、食べ物はそれほど必要としておりません】
(そうか……)
食べ物を遠くに投げてブラックフェンリルを引き離そうと、くだらない案を思いついたのだが、やらないことにした。
(走ったら諦めると思うか?)
【臭いを辿って追跡すると思われます】
(はは……ジュリオみたいだな……)
ミズトは獣人の舎弟を思い出した。
空はだいぶ陽も傾いてきた。あと一時間もすれば沈んでしまうだろう。次の町までは歩くとだいぶある。
野宿を避けるため町へ辿り着くためには走っていく必要があるのだが、ミズトはこの状況をどうしていいか分からなくなっていた。
「なあ君、乗って行かないか?」
それから少し経った頃、通りすがりの馬車の御者から声をかけられた。
(?? 馬車に乗れってことか?)
【これは乗り合い馬車と呼ばれる、町と町を繋ぐ有料の移動手段です】
(バスみたいなもんか?)
「お声がけありがとうございます。ですが、歩いて行きますので、お気になさらずお先にどうぞ」
「いや、お金はいらないから乗っていきなよ。というか乗ってもらわないと、後ろのご老人たちがうるさいんだよね」
御者が指差した荷台から、老人たちが顔を出した。
話を聞くと、どうやら若者が一人でこんな時間にこんな場所を歩いているのが、老人たちの気になるところだったようだ。
中間地点にあるキャンプエリアはとっくに過ぎているし、町へは夜までに着く距離ではない。
このままでは野宿になりそうなので、乗せてやりなと騒いだそうだ。
「そういうことでしたら遠慮なく」
ミズトは好意を受けることにした。
これならブラックフェンリルも付いて来ないだろうとも思ったのだ。
馬車はバスほど大きくはないが、ワンボックスカーより少し大きく、中には十人以上は座れる分の長椅子が設置されていた。
木製の大きな荷台に布を覆って屋根にしている造りで、二頭の馬が引いている。
先に乗っていたのは、老人が五人と、冒険者風の四人組だった。
「すみません、お邪魔します」
ミズトが乗り込むと、馬車が出発した。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
馬車の中に張りつめた空気が流れた。
皆、何か言いたそうなのがヒシヒシと伝わってくる。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
老人たちはミズトをジッと見ていたが、ついにその一人が口を開いた。
「ちょっとお前さん、あれ、どうするつもりだい?」
老婆が指差した馬車の後ろには、必死で馬車を追いかけるブラックフェンリルの姿があった。
「ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!」
息遣いが馬車の中まで聞こえてくる。
「まさかお前さん、動物虐待かい?」
「いや……そういうわけでは……」
「じゃあ乗せてやんなよ」
老人たちが責めるような目でミズトを見る。
(やっぱそうなるよな……。俺、動物とか飼う気ないんだけど……)
【ミズトさん、ここは一旦諦めた方がよろしいかと】
「ははは……」
ミズトは愛想笑いをしながら馬車の後ろ端まで移動すると、手を伸ばしてブラックフェンリルを持ち上げた。
「クゥゥゥン」
息の荒いブラックフェンリルが嬉しそうに鳴いた。
「おお、なんと可愛らしい子犬じゃ」
「良かった良かった」
「動物はやはりいいのぉ」
「とても綺麗な毛並みじゃ」
「ワシらにも触らせてくれんかのぉ」
老人たちは思い思いに口を開く。
ミズトはブラックフェンリルを抱えたまま元の位置に座ると、
「触ってみますか……?」
視線に耐えられず、そう言って老人たちに渡した。
「おおおおぉぉぉぉ!」
老人たちは嬉しそうに受け取り、毛並みの感触を堪能しだした。
(あれってモンスターの可能性もあるんじゃねえの? 大丈夫だと思うか?)
【はい、ブラックフェンリルからはまったく危険を感じません。ご老人たちの相手を喜んでいるように見えます】
ミズトも同じように感じながら、老人たちの様子を見守った。




