第236話 到着前夜
二日後、ミズトたちが村を去るため、村人たちが馬車の前に集まっていた。
「いや、困っているなら助けるのは当然のことだ。な、ミズト!」
皆からの感謝の言葉を受け、ウィルがミズトに振った。
「あ、いえ、はい……。お力になれて良かったです」
「そう言っていただけて光栄でございます。荒れた田畑や建物はほとんど元通りになり、食事まで振る舞っていただき、子供たちは笑顔を取り戻すことができました。そして、まさか村の守り人まで作ってくださるとは、どれほど感謝すれば良いのか」
集まった村人たちは皆で感謝の言葉を次々と口にする。
「いえ、ウィルさんも言っていた通り、冒険者は人を助けるのが仕事ですので、気になさらずに」
「そうは参りません! 我々は英雄ミズト様を称え、永久に感謝の気持ちを伝えていきたいと思います」
「はは……」
(まいったな……)
【それほどミズトさんの行動に感謝をしているということです】
本当はミズトも理解していることを、エデンが綴った。
それから馬車が去ると、村人たちはそれが見えなくなるまで手を振り続けた。
それに応えるように、ミズトとウィルも姿が見えなくなるまで手を振り返した。
村人たちの見送る笑顔は、ミズトのとった行動を肯定している。それは否定されるよりよほど良いことだ、とミズトは無意識に感じていた。
(それにしても、ゴーレムに感情はないよな……?)
ミズトは、村人に混ざって手を振っているストーンゴーレムに違和感を覚えた。
【もちろんゴーレムに感情はございません。ただ村人たちが心より行いたいと思っている行動を、真似しているだけになります】
エデンが解説した。
ミズトは、何の武力も持たない村のために、周辺にある岩でストーンゴーレムを生成していた。
高価な鉱石ではなく、ただの岩で作ったゴーレムがどれほど役に立つか分からないが、このまま放っておくのも気が引けたのだ。
しかし、今のミズトが全力で魔力を注いだゴーレム。
それは半永久的に稼働し、どんな外敵からも村人を守るものだった。
名もない小さな村が世界一安全な村になったことを、ミズトが理解することはなかった。その村は後に、災厄さえも退ける『守護ゴーレムの聖域』として伝説に語り継がれることになるのだが……それはまた別の話である。
それから何日かの行程を経て、千年王国ハイデルンを目前に控えた、最後の夜営。
少し離れた場所では、召喚で呼び寄せた料理用ゴーレムが無機質に鍋をかき混ぜている。
ミズトの足元では、いつものようにクロが幸せそうに丸まっていた。
御者が手慣れた手つきでおこした焚き火。パチパチとはぜる薪の音を聞きながら、ミズトは隣で火を見つめるウィルの横顔を盗み見た。
(…………)
ウィルのそばにいるだけで、ステータスを見るまでもなく、世界で八人目の到達者としての高い能力が自然と伝わってくる。
その力は努力で手に入れたものではない。彼が求めていたのかどうかも分からない。
それでもウィルは、ミズトと共に行動していたというだけで、一瞬にしてレベル98に至ってしまったのだ。
そうなった原因に気づいているのか、良かったと思っているのか、何も言ってこないウィルに、ミズトはずっと心に引っかかるものがあった。
「今夜はルナが一段と明るいな」
ウィルが夜空を見上げて言った。
ミズトも見上げると、雲一つない夜空に浮かんだ二つの月が目に入ってきた。
一回り小さい方は、ここが異世界であることを改めて印象づけるように、怪しい赤紫色の光を放っている。
一方ウィルがルナと呼んだ月は、前の世界で見慣れたものと同じように白く、今夜はとくに神秘的に輝いていた。
「はい、満月のせいか、いつもより大きく見えますね」
ミズトはウィルに答えた。
帝都を出てから二か月。ウィルとの旅路は終わりを告げようとしていた。
御者が言うには、明日の昼前には目的地ハイデルンへ到着するようだ。
ミズトにとって長い旅ではあったが、想像していたより退屈な思いも、居心地の悪い思いもすることはなかった。
やりたくもない人助けに散々付き合わされたはずなのだが、終わってみると案外慣れてしまうもので、あっという間に二か月が過ぎていた。
今夜はその二か月がミズトを感傷的にしてしまったのか、ミズトはずっと出せなかった言葉を口にしようとしていた。
「ところでウィルさん……」
「ん? どうした、ミズト、改まって」
努めて日常的なトーンで言ったつもりが、ウィルには神妙な空気が届いていた。
「ウィルさんは……急に強くなったことを、どう思っているのでしょうか……?」
ミズトは、自分でも驚くほど曖昧に聞いてしまった。
しかしウィルは、ミズトの意図を確認することもなく、しばらく焚火を眺めてから、穏やかに答えた。
「これほどの力を手にすることが、良い事なのか悪い事なのか俺には分からん。だが、この力で守れなかったものが守れるようになったのなら、今までより多くのものを守れるようになったのなら、俺は『到達者』となった自分を肯定する」
ウィルらしい答えだった。
いや、ウィルなら、聞くまでもなく当然と言えた。
それでもミズトは、その答えを聞くことができ、胸のつっかえが半分消えていた。
「……」
しかし、残りの半分の疑問――――なぜ強くなったのか、という問いを口にすることはできなかった。
そう問うことを、ウィルが拒否しているようにも感じたのだ。
「ミズトは、力を手に入れて悔やんでいるのか?」
ミズトの次の言葉を待つことなく、逆にウィルが聞いてきた。
ミズトは、この世界の歴史を簡単に変えられる過剰な力を手に入れていた。
力づくで変えられるものなら、力づくで手に入るものなら、ミズトなら簡単になすことが出来る。
そんなチートと呼ばれる力を欲した覚えはない。その力のせいで色々なことに巻き込まれてきたとも思っている。
それでも、ウィルの問いに即座に返す回答を持っていなかった。
ウィルの言うとおり、力とは何かを守るものであるならば、もし力を手に入れていなかったら、ミズトが守ってきたものが守れなかったことになるのだ。
救えるものが救えなかった方が、ミズトは悔やむに決まっていた。
「すまん、聞くまでもないことだったな」
ウィルは笑顔でミズトの肩に手を置いた。
その手の厚みに、強張っていた肩の力が抜けたような気がした。
ちょうどその時、ゴーレムが大鍋を持ってきた。
途端、じっくりと煮込まれた肉と野草の、食欲をそそる濃厚な香りが夜の冷気に弾ける。
「今夜もゴーレムの飯は美味そうですね!」
タイミングを見計らったように、御者が馬車から現れた。
明日の昼前には、千年王国ハイデルン。
そこでミズトたちに何が待ち受けているのか。そんなことなど気にすることもなく、ミズトは差し出された木皿を受け取り、湯気の向こうに揺れる二つの月を見上げていた。




