第233話 この世界の摂理
馬車と騎馬隊では、速度に差がありすぎた。
『トゥルガイ』の騎馬隊を追いかけていたミズトたちだったが、あっという間に突き放され、ケイリアスたちの姿を見失った。
もちろんミズトが気配を追えるので、ミズトが方向を指し示しながら進んだ。
結局、ミズトたちは『トゥルガイ』の集落を出て三十分ほどで彼らに追いつくと、すでに戦闘が終わっており、十人ほどの遺体が横たわっていた。
「ケイリアスよ、全員殺したのか……?」
ウィルが思わず声を出した。
皆、盗賊のようで、『トゥルガイ』の犠牲者は出ていないようだ。
「当然だ、ウィルよ。我ら『トゥルガイ』に仇なすものを容赦する必要はない。おぬしたちの国では、敵を許すとでも言うのか?」
「いや……すまない、ケイリアスよ。お前たちの行動を非難しているわけではない。ただ、俺は殺さないで済む可能性があるなら、それを選びたいだけだ」
「そうか、それがおぬしの矜持というのだな、ウィルよ。おぬしが我らを非難しないように、私もおぬしの考えを非難することはない。しかし、私は『トゥルガイ』の危険を少しでも取り除くためなら、いくらでも敵を排除する」
「ああ……お前はそれでいい……」
生存競争の中で生き抜くには、ケイリアスの言葉が自然の摂理だ。
彼らは自分たちの大事なものを守るために戦ったのだ。
日本人であるミズトは、どのような理由であれ人が人を殺すことを受け入れることは難しいが、ケイリアスたちを非難する資格がないことは理解していた。
部外者が、軽々しく土足で踏み込むことではないのだ。
「族長。リースんとこの子供は見当たりません。もう『ザルカン』のアジトに連れ去られたようです」
『トゥルガイ』の一人がケイリアスに報告してきた。
「見当たらないか……。くそっ! こうなれば、なんとしても奴らのアジトを見つけなければならん。 皆の者よ、聞け! 『ザルカン』は我らの生活を脅かすもの! 奴らのアジトを必ず見つけ出し、根絶やしにするぞ!!」
ケイリアスの掛け声に、『トゥルガイ』の男たちは怒りの咆哮をあげた。
【ザルカンと呼ばれる盗賊団のアジトは、すでにミズトさんが察知しております。お伝えしなくてよろしいのでしょうか?】
エデンが勝手に話しだした。
エデンが言うように、ミズトはとっくに盗賊団のアジトの位置は分かっていた。
大都市と違い、人口密度の低いこの地域では、多少離れていようがミズトなら簡単に気配を察知できるのだ。
ましてや悪意ある気配なら尚更だった。
(いや、教えないというわけじゃないんだが……)
ミズトは迷っていた。
彼らは自然の摂理に従って生きている。
だからこそ生きるために敵を滅ぼすこともあれば、戦いに敗れ滅ぼされることもある。
それを覚悟して生きているのだと、ミズトは感じていた。
そんな彼らに、今のミズトが手を貸していいのだろうか。
実際、ケイリアスはウィルからの支援の申し出を断っている。自分たちの問題は自分たちで解決すると言っている。
だれもミズトを求めていないのだ。
あなたはどうしたいのですか?
ふと、風詠みの巫女の言葉が頭をよぎった。
一瞬、エデンが言ったのかと思ったが、そうではなかった。ミズト自身でその言葉を思い出した。
あまりにも抽象的で、とても答えを求められているとは思えないような質問を、ミズトは何となく心に引っかかっていたのだ。
(それでも、俺が口出すようなことじゃないだろ……)
どうせ手助けなんて拒否されるだろう。
ミズトは黙っていることにした。
「!?」
ミズトは大きく温かい何かに、背中を軽く叩かれた。
横を見上げると、ウィルがミズトの背中に手を添えている。
「ウィルさん?」
「ミズト、そんな苦しそうな顔をするぐらいなら、言いたいことを言えばいい。我慢することなんかじゃない。そう思わないか?」
ウィルが真剣な目つきでミズトを見ていた。
若者の純粋な目とも違う。もっと大きく、優しく、強い眼差しだ。
(……ったく、まっすぐな眼だな。ま、この世界では、生きたいように生きればいい。やりたいようにやればいい。それはそれでこの世界の摂理だったな)
ミズトはお節介な友人に背中を押されたように歩き出すと、馬に乗るケイリアスの前まで行った。
「ケイリアスさん。盗賊団のアジトなら私が分かります。ご案内させてください」
「なんだと!?」
ケイリアスはミズトの言葉に驚き、思わずウィルを見た。
するとウィルは、ケイリアスの視線に応えるように頷く。
ケイリアスはそれで冗談ではないと悟った。目の前の若い異界人は、『トゥルガイ』に手を差し伸べようとしているのだ。
「あの巫女が自ら声をかけた若者か……。おぬし、ミズトと言ったな」
「はい」
「…………ウィルの友人なら、私の友人でもある」
ケイリアスは馬を降りた。「ミズトよ、一刻を争う状況で、おぬしの提案に感謝する。我ら『トゥルガイ』を、案内してはくれぬか?」
「もちろんです」
拒否されるものと思っていた。
ケイリアスはミズトの言葉など信じず、手助けを求めないと思っていた。
しかし、何故か分からなかったが、ケイリアスはミズトの申し出を受け入れた。
風詠みの巫女に声をかけられたことがそれほど大きなことだったのか、ウィルの友人だったからなのか分からないが、ミズトの予想とは違う回答だったのだ。




