第202話 裂空の槍の若者たち
『グレイガント大回廊』の地下一階に出現するモンスターは、レベル10前後で構成されていた。
そのため、ダンジョン初挑戦と言っても、レベル20台中心の『裂空の槍』は危なげなく戦うことができていた。
「この俺の槍を喰らえー!」
デイヴが得意げに槍でモンスターを突き刺す。
「よくやったわ、デイヴ! うちに任せて! ファイアアロー!!!」
ブレンダが一撃でモンスターの一体を倒す。
「あぶねえ! あたいの後ろに回んな!」
大きめの盾を装備したドワーフのマルタが、前に進み出てモンスターの攻撃を受け止める。
「オラだって戦えるぞぉ!」
象の獣人ヤコポはメイスで、マルタを攻撃したモンスターを殴る。
「僕もやるんだ!」
犬の獣人オレステは短剣でとどめを刺した。
五人の連携は完璧とまでは言わないが、それなりに経験を積んできていることがミズトにも分かった。
ただ、もう一人のメンバーに目を向けると、様子が違っていた。
エルフのフェリシーは五人と離れ、一人で戦っているのだ。
と言ってもフェリシーの能力なら苦戦することもなく、デイヴたちが五体のモンスターを倒した頃、フェリシーも五体目のモンスターを射抜いていた。
「よし!!」
フェリシーは整った顔で、一瞬だけ笑顔を見せた。
(相手が格下だからこれでもいいんだろうけど、六人で協力した方が効率的に倒せるように思えるんだが)
【はい、ミズトさんのおっしゃる通り、六人で協力すれば同じ数のモンスターを倒す時間が、二十パーセントほど削減されます】
ミズトの疑問を、エデンが具体的な数字で回答した。
その後も『グレイガント大回廊』の地下一階を、フェリシーだけは別々で戦闘しながら進んで行った。
それが採点にどう影響するか分からないが、ミズトにとってはどうでもいいので口出しすることはなかった。
しかし、同じパーティのメンバーはそうはいかなかったようだ。
『グレイガント大回廊』に入って半日ほど経ち、最初のセーフティエリアに辿り着くと、パーティリーダーのデイヴが声をあげた。
「フェリシー! なんだよ、あの戦い方は! 弓使いなんだから、もっとこの俺を援護するような戦い方しろよ!」
「…………は?」
「は? じゃねえだろ! パーティなんだから、もっと協力しろって言ってんだ!」
デイヴはフェリシーに詰め寄りながら言った。
「だからって、私があなたを援護する必要はないわ。あなたが私を援護しなさい」
「はあぁぁ? なんでこの俺が援護するんだ! 『裂空の槍』はこの俺の強力な槍で成り立ってんだ! この俺を援護するに決まってるだろ!」
「笑わせないで。そんなか弱い槍なんかより、私の弓の方がよほど強力よ」
「ざっけんなっ!! 言いやがったな、フェリシー!!」
デイヴは怒りに任せて、槍を地面に突き刺した。
「ちょっと、ちょっと! パーティ内で争いはやめてよ!」
「援護ならあたいに任せな!」
「争いはダメだぞぉ」
「ぼ、僕も力になるから」
他の四人が二人を止めに入った。
(ああ、めんどくせえー)
ミズトは巻き込まれないよう、距離を置いて休んでいた。
【仲裁されないのでしょうか?】
(しねえよ! 子どもの引率で来てるんじゃねえんだ。あいつらの問題は、あいつらで解決すりゃあいいんだよ)
ミズトはエデンに言い返した。
【ミズトさんがそう思われるなら問題ありません】
(…………それにしても、あいつらは今までもこんなんだったんかね。喧嘩するぐらいなら、メンバー変えりゃいいのにな)
【フェリシーさんは、今回が『裂空の槍』初参加になります。昇格試験を受けるために急遽参加したメンバーです】
(あ、そう……)
低レベル冒険者をサポートする簡単な依頼のつもりだったが、ミズトは想定外に疲労を感じながら一夜目の夜を過ごした。
*
「見ろ! これがこの俺の槍の威力だ!!」
「そんなんじゃ私の弓の方が上ね!!」
二日目、デイヴとフェリシーは競うように戦うようになった。
おかげで五人の連携も悪くなり、さらに非効率になったように見えた。
(冷静なキャラだと思ったけど、フェリシーって子も熱くなってんな……)
ミズトは彼らの様子を、連日連夜の残業後のような表情で見ていた。
【フェリシーさんはプライドが高く、ちょっとしたことでも負けることを嫌がります】
エデンが状況の補足をした。
(もうなんでもいいけど……いつまで続くんだ……?)
【この調子で進んだ場合、地下二階の攻略は三日後になるでしょう】
(マジか……)
耐えられる気がしなかった。
それから二日目の日中、『裂空の槍』は何とか地下二階の入口へ辿り着いたが、地下二階の初戦で様相が変わった。
モンスターのレベルが10台後半になると、思うように倒せなくなったのだ。
個人で戦うデイヴとフェリシーは、一体相手なら倒せるのだが、二体に囲まれると途端に苦戦した。
「何やってるのよ、二人とも! 一人で相手するには限界があるわ!」
ブレンダが魔法で二人を援護した。
「な、何すんだ、ブレンダ! これは俺とフェリシーの勝負だ! 邪魔をするな!」
「あんたこそ何を言ってるの、デイヴ!! 勝負の相手は『幻影の方舟』よ! 相手を間違えないで!!」
「そっ……そういえば……」
デイヴの槍が鈍った。
「ふん、しょせんは私の相手ではなかったみたいね!」
その隙を逃さないように、フェリシーの放った矢がデイヴと戦っていたモンスターにとどめを刺した。
「フェリシー……」
デイヴは勝ち誇ったように進むフェリシーの後ろ姿を、思いつめたような表情で見ていた。




