第201話 グレイガント大回廊
若い十二人の冒険者を連れた、ウィルとミズトの馬車の旅は、とくに何事もなく進んだ。
あれほど異界人を嫌っていたはずのウィルが、彼らと普通に会話しようとしているのだ。
初めてウィルと出会った時の彼の反応を知っているミズトには、とても信じられない光景だった。
(なあ、エデンさん。ウィルって異界人のことが嫌いじゃなかったか?)
【嫌いというより、とても苦手でした。しかし、今はだいぶ克服されていて、ミズトさんが心配して同行する必要はなかったかもしれません】
(いや……心配したというわけじゃ……)
ミズトは、ウィルが異界人のパーティをサポートする姿がまったく想像できなかった。
ウィルにとっても異界人にとっても、それは望ましくないことだと感じ、ミズトが異界人のパーティをサポートしようと依頼を引き受けたのだ。
ところが、何故か異界人のパーティ『幻影の方舟』を担当するのがウィルだと言いだし、訳が分からなくなっていた。
馬車の中でも、ウィルは積極的に異界人へ話しかけているようにも見えた。
ただ、少しぎこちなさのようなものもあり、ウィルは多少なりとも無理しているのだと、ミズトには分かった。
(それにしても、ウィルじゃないが、異界人が嫌われるのも分かる気がするよな……)
ミズトは『幻影の方舟』の態度が気に入らなかった。
彼らはずっとステータス画面を操作していた。
ウィルが話しかけても目を合わせるようなこともなく、手元で操作をしながら素っ気なく答えている。
ライバルの『裂空の槍』が話しかけても同様なうえ、自分たちから話しかけるようなことは一切しなかった。
それでいて仲間内だけでは、必要以上に盛り上がっているのだ。
【彼らの態度は、異界人としてごく一般的なものになります】
(だろうな)
やはりミズトは仲良くなれる気がしなかった。
それから三日後、ミズトたちは『グレイガント大回廊』に到着した。
ウィルの解説によれば、ここはワンフロアワンフロアが広大で、地下二十階まであるレガントリア帝国領内では最大規模のダンジョンだそうだ。
地下十八階以降は失われた古代文明の遺跡になっており、ここでしか手に入らないアイテムもあるようで、冒険者からの人気が高かった。
「すげー、初めてのダンジョンが『グレイガント大回廊』とか、信じられねえよ!」
デイヴが槍を振り回しながら、興奮気味に言った。
他の『裂空の槍』の五人も気持ちが高ぶっている様子だ。
反対に異界人である『幻影の方舟』のメンバーは怖気づいている。
ゲームでもアニメでもない、現実のダンジョンを目の前にして、やっと実感が湧いているようだ。
「大丈夫だ、キミたち! この程度のダンジョンなら、何があっても俺がキミたちを守る! だからキミたちは驕ることも過信することもなく、慎重に初めてのダンジョンを戦い抜いてくれ!」
ウィルが異界人たちの様子に気づいて言った。
「は、はい……ありがとうございます」
異界人の若者は、初めてウィルの目を見た。
ダンジョン内に入ると、最初の分かれ道で二手に分かれた。
広大な『グレイガント大回廊』では、どちらが近道というものでもないので、たまたま右側を歩いていた『裂空の槍』が、そのまま右の道へ進んだ。
『裂空の槍』は、異界人の男子が六人集まった『幻影の方舟』とは違い、多様性に富んだパーティだった。
性別も種族も様々なのだ。
デイヴ LV22 人間 男 戦士
ブレンダ LV21 人間 女 魔法使い
マルタ LV18 ドワーフ 女 戦士
ヤコポ LV21 象の獣人 男 僧侶
オレステ LV20 犬の獣人 男 盗賊
フェリシー LV24 エルフ 女 弓使い
ミズトは帝都前で最初に会った時、ドワーフに女性がいることと、初めて見た象の獣人に驚いていた。
「ミ、ミズト様はこの世界に来られて長いのでしょうか?」
ウィルたちと別れてからすぐ、犬の獣人オレステが恐る恐る聞いてきた。
(ミズト様?)
「いえ、まだ一年ぐらいでしょうか。年齢も私の方が下だと思いますので、様なんて不要です」
「と、とんでもございません! A級冒険者は冒険者の中で頂点であります! 僕たちのような低級な冒険者は、簡単に口を利くことすら許されません!」
(お前から話しかけてきたじゃん……)
「さらにミズト様は、これほど素晴らしい犬を連れてらっしゃいます! とても尊敬に値する人物で間違いございません!!」
オレステは、ミズトの足元を歩くクロを見ながら言った。
(クロのことを言っているのか……?)
【犬の獣人であるオレステさんは、クロをとても気に入っています。その主人であるミズトさんを特別な存在として受け止めたようです】
(犬の獣人は、フェンリルの子供に親近感でも湧くのかね……)
ミズトは、獣人に好かれると面倒なことを知っていた。
「す、すみません! こいつ、可愛い犬には目がなくて……。犬が絡むとおかしくなりますが、良い奴なんで、無礼な態度は大目に見てもらえると助かります!」
パーティのリーダーであるデイヴが、申し訳なさそうに割って入ってきた。
「いえ、とくに気にしていません。先ほども申しましたが、私の方が年下ですので、言葉遣いは気にせずに話していただければ大丈夫です」
「そういうわけにはいかないです!!!」
皆が口を揃えて言った。
(A級だからって、年下相手にへりくだり過ぎなんだよな。この世界の若者も、権威や権力に弱いのかねえ)
【A級冒険者は貴族と同等かそれ以上の地位なので、もちろんそのようなこともあります。しかし彼らは、先日ミズトさんが冒険者ギルドで、大勢の冒険者に声を掛けられているところを見ていたため一目置いているのです】
(ふうん、そういうものなんか)
敵意を向けられるよりはマシだと考えつつも、合流してから他の五人と話している姿を見ていないエルフの少女が、ミズトは少し気になっていた。




