第194話 それぞれの役割
結局、ミズトたちがタクマの店に着いたのは、坑道を出てから二時間近く経ってからだった。
途中、暴動を無視できないのは仕方ないことと理解しており、エデンが未来の出来事を教えないのも、別に今さらどうも思わない。
しかし、それでもこの状況を見て、間に合わなかった自分にミズトは苛立たずにはいられなかった。
「タクマ!?」
ウィルが店の中で倒れているタクマに駆け寄った。
「ウ、ウィルさん……良かった、無事だったんですね」
タクマはウィルに抱えられて起き上がりながら、笑顔を見せた。
「馬鹿野郎! 俺なんかより、お前のことだろうが! お前は大丈夫なのか!?」
「え、ええ……何発か殴られただけですので、俺は大丈夫です」
タクマの店の中は荒らされていた。
椅子やテーブルは全て壊され、厨房の方は焼け焦げた跡が見える。
暴徒がこの店にもやってきたようだった。
「それよりも……ミズト……」
タクマは立ち上がると、脚を引きずりながらミズトに近づいてきた。
ミズトは慌てて初級ポーションを取り出すと、タクマを支えて、飲むよう手渡した。
「ありがとう、ミズト。最高品質のポーションを持っているなんて、さすがA級冒険者ってところだな」
タクマそのまま飲み干した。
「いえ……。それにしても、帝都で暴動が起こるとは思いませんでした。この店にも来たのでしょうか?」
「そうだ! ミズト、たいへんだ! エイダが強盗みたいな奴らに連れ去られた! あいつら、暴動を起こしてるだけじゃなく、若い女性を何人も連れ去っているみたいだ!」
「エイダさんが?」
ミズトは一瞬、全身に電流が走ったような気がした。
「あいつら、店を壊しただけでは飽き足らず、抵抗したエイダに暴力を振るって、そのまま連れ去っていったんだ! くそ……俺もレベルを上げとけば……」
タクマは悔しそうに拳を強く握りしめた。
「その必要はありません……。タクマさんは料理人ですので、レベルを上げるのではなく、美味しい料理を作っていただけるだけで十分です」
「そういうわけにもいかない……エイダはうちの従業員だ。ミズト、頼む! 一緒にエイダを探してくれ!」
「お気持ちは分かりましたが、そういうのは私に任せてください。タクマさんには料理を作るという役割があるように、冒険者である私には私の役割があります。すぐにエイダさんを連れ戻してきますので、タクマさんはここで」
ミズトは少し強めに言うと、店の出口に向かった。
「待て、キミ! 俺も行く!」
ウィルがそう言ってミズトの後を追ってきた。
ミズトはすでに意識を広範囲に集中していたので、それには答えなかった。
世界最大都市である帝都オルフェニアには、数百万人が住んでいた。
ミズトの知る大都市に匹敵する広さもあるため、さすがのミズトでもエイダの気配を察知することはできなかった。
(くそ……どこだ……)
焦りを見せるミズトだったが、店の近くから覚えのある気配を感じとった。
ミズトはすぐに向かうと、倒れている老婆を抱き起こした。
「お婆さん、大丈夫ですか?!」
倒れていたのは、タクマの店の隣に住む老婆だ。
「あぁ……ミズトか……。エイダが……エイダが攫われてしまった……」
いつも気の強い老婆が、見たこともないような悲しい表情をしていた。
「はい、タクマさんからお聞きしました。すぐに連れ戻してきますので、安心して待っていてください」
「お……おぉ……そうか……ミズトよ……。あの子は……あの子は、亡くなった息子夫婦の残した唯一の希望じゃ……。あの子を失ったら……あたしは……あたしは……」
老婆が泣き崩れながら言った。
よく見ると、老婆の顔には殴られたような跡があった。
【連れ去られそうになるエイダさんを助けようとして、強盗に殴られた跡です】
エデンが説明した。
(…………)
ミズトは初級ポーションを布に染み込ませ、それを老婆の顔にあてながら訊いた。
「そいつらはどちらの方向へ向かったかご存知でしょうか?」
「あっちに歩いていきおった」
老婆は立ち上がり、東へ進む道を指差した。
「あちらですね、ありがとうございます」
ミズトは老婆の指す方向に歩き出した。
「お、おい……」
ウィルもクロと共にミズトに従う。
(なあ、エデンさん。エイダを連れ去った奴らはどこへ行った?)
【申し訳ございません、今はお答えできません】
ある程度予想はしていたが、エデンは通常運転の答えを言った。
(…………もう一度聞く。エイダを連れ去った奴らはどこだ?)
【申し訳ございません、今はお答えできません。ただし、クロがいるので追跡可能です】
エデンの言うとおり、クロに匂いを追わせれば、そのうち辿り着くのは間違いなかった。
しかし今は一刻を争うかもしれない。ミズトはすぐにでも答えが知りたかった。
(いいか、エデンさん。次で最後だ。もし同じ答えを言ってみろ。あれに頼んででもスキルごとお前を消し去ってやるからな。エイダを連れ去った奴らはどこだ?!)
【――――大変失礼いたしました、ミズトさんの助けたいという思いを優先させるべきでした。エイダさんを連れ去った者たちは、帝都東にある港からすこし北へ進んだ、使われていない倉庫群に集まっています。なお、エイダさんはご無事で、今のところ危害を加えられるようなことはありません】
(そうか、すまないな)
ミズトはそう言って駆け出した。