第193話 ミズトから見たウィル
ミズトとウィルが坑道から出ると、混乱は収まっていなかった。
帝都の衛兵は数人しか見当たらず、戦い慣れていない鉱夫があちこちでモンスターと戦闘中だった。
「み、みんな!? キミ、少し待っててくれ!」
ウィルはミズトにそう言うと、鉱夫たちの元へ駆け出した。
(待っててくれ……? なんで?)
【タクマさんのお店へミズトさんと同行するつもりのようです】
独り言のつもりだったがエデンが答えた。
(ん~、別に一緒じゃなくても……)
先に行くと伝える機会を失ったミズトは、仕方なくその場でウィルの戦いを見ていた。
加勢する必要はなさそうだった。
ウィルのレベルは67と高く、冒険者ならB級の実力があり、帝国騎士としても通用する。
強いモンスターの気配はないため、ウィル一人参戦するだけで、あっという間に形勢は決まった。
ただ、一つ気になったことが、ウィルが素手で戦っていることだ。
別に格闘家というわけではないので、格下モンスター相手にてこずっているのがミズトには見て取れた。
それでも衛兵なんかより余程活躍し、鉱夫仲間から称賛されていた。
【装備をお貸ししてはいかがでしょうか?】
聞いてもいないアドバイスをエデンが言った。
(貸す……?)
【お譲りする必要はありませんが、少しの間お貸しする方が効率的です。ウィルさんが戻られたら、適当なアイテムをマジックバッグからわたしが取り出してよろしいでしょうか?】
(まあ、貸すのはいいけど……)
なんだか今日のエデンはサービスが良い気がした。
「待たせてすまない」
少ししてウィルが戻ってきた。
「いえ、問題ありません」
「この辺は粗方片付いたし、坑道からはもう出てこなそうだ。やはり先ほどのモンスターが原因のようだな」
「そのようですね。ただ、街中にはまだモンスターがいるようです。念のためこちらをお貸ししておきます」
ミズトはエデンが出した剣と盾をウィルへ差し出した。
「貸してもらえるのか……? それなら、有り難く使わせてもらおう」
(ん?)
ミズトはウィルが装備するところを見て、渡したアイテムが『女神の銀剣』と『正義の盾』だと気づいた。
【ウィルさんが装備可能なアイテムの中で、最も高性能なアイテムを選択しました】
(あ、そう……)
貸すだけなので何でもいいのだが、エデンがドヤ顔した気がして、何となく気に障った。
それから二人でタクマの店へ向かうと、帝都内で続いている混乱が目に入った。
街のあちこちから煙が上がっているのが見え、街行く人々は慌てた様子で右往左往している。
「思っていたより様子がおかしいな」
ウィルが呟いた。
「はい、そのようです。衛兵でも対処しきれないほどモンスターが流れていったのでしょうか?」
ミズトは広範囲に意識を広げると、モンスターはだいぶ減っているように感じた。
「いや……それだけではないようだ。また待たせて悪いが、少し時間をもらうぞ」
ウィルはそう言うと、剣と盾を構えて、近くの店に入っていった。
ミズトは思わず足元のクロと顔を見合わせた。
なんだか忙しい男で、なかなか進まない。
ウィルが店内に入ると、中では戦闘が起こったようだ。
そして数分もしないうちに、ウィルが四人の男を引きずり出してきた。
(偶然、強盗でも見つけたのか?)
四人の男からは悪意を感じる。
とても善人とは言えず、強盗まがいなのは間違いなさそうだ。
【モンスターの出現に乗じて、帝都内で暴動が起こっているようです】
(暴動?)
ミズトはエデンの説明に少し驚いた。
帝都は現代日本のように治安が良い。暴動なんて起こるとは想像もしてなかったのだ。
ただ、前の世界でも、大きなデモに乗じて暴動が起きている先進国もあるので、そういう輩はどこにでもいるのかもしれなかった。
「待たせたな」
ウィルが戻ってきた。
四人の男は紐のようなもので縛られ、地面に座らされている。
「帝都でも暴動のようなことは起こるのですね」
「いや、これはただの暴動じゃないだろう。扇動している奴がいるはずだ」
ウィルは怒っているように見えた。
(偶然じゃないってことか?)
【はい、ウィルさんの推測は正しいです。暴動が起こるよう、予め仕組まれていました】
(なるほど……)
そうなると、モンスターが帝都内に出現したこと自体が仕組まれた可能性が出てきた。
ウィルが先ほどから怒っているように感じるのは、それに対してかもしれないとミズトは思った。
それからウィルは、暴動を治めながら進んで行った。
逃げ惑う人々の誘導をしながら、帝都民を落ち着かせることも忘れずに行う。
人々に安心感を与えるウィルの姿に感心しながら、人の上に立つ器というものをミズトは初めて見た気がしていた。
ミズトも何もせず傍観しているわけにはいかないので、とりあえず街中で暴れている者たちを見かけたら、片っ端から魔法で眠らせていった。
拘束するのは面倒なので、半日は起きない程度に加減した。
「基本的な魔法だが、これほど強力な威力で連発できるとは……宮廷魔導士レベルは軽く越えているか……」
「…………」
ミズトは、ウィルに観察されている気がしていた。
本来、この男は異界人嫌いなのだから、仕方なく行動を共にすれば気になるのは当然なのだろうが、それ以上の何かを向けられているようだった。
ただウィルは、ミズトがこの世界に来てから稀に出会ってきた、本質的な善人であることは間違いない。
嫌いな異界人であるミズト相手にも関わらず、同行中は嫌悪感を一切見せることがない。そして、今まで出会った者たちよりミズトの精神年齢に近いせいか、一緒にいて居心地を悪く感じることはなかった。