第191話 持ち込まれた緊急事態
セレニア共和国から戻った後、ミズトの生活に多少の変化が生まれた。
ゴーレムに、素材採取やアリヤンの店訪問を継続させることにしたので、ミズト本人は今まで以上に何もしなくなったのだ。
また、タクマの店には以前から毎日のように通っていたのだが、何故かタクマたちの態度に変化があり、ミズトが店を訪れると時間を見つけてはタクマやエイダがミズトのテーブルに座るので、話す機会が増えた。
おかげでタクマの店にいる滞在時間が格段に長くなった。
さらにミズトにとって面倒なことに、先日から冒険者ギルドのマスターであるブルクハルトと、サブマスターであるフェルナンの二人が来店するようになり、仕方なく世間話に付き合うはめにもなっていた。
(今日もいやがるのか……)
その日もミズトがタクマの店を訪れると、すでに冒険者ギルドの二人が座っており、ミズトの姿を見つけて手を振ってきた。
なるべく離れて座ろうと空いた席を探すが、運悪く彼らの隣のテーブルのみしか空いていない。
「お疲れ様です。今日もお見えになられたのですね」
ミズトは席に座りながら、バイト先の大企業の社長・副社長に挨拶するような感覚で言った。
クロが精霊であると気づいているのか、フェルナンはミズトよりクロに目がいくようだ。
ブルクハルトの方は、お気に入りの玩具を見つけた子供のような目をミズトに向ける。
「ホホッ、ここの店の味は唯一無二ですからな。お昼はなるべくここに来ようと、フェルナン殿と決めたとこです」
(決めなくていいから)
「ここはとても美味しいので、お気持ち分かります」
それにしてもドワーフの髭の毛量は多いな。中から飴玉でも出してきそうだ。
なんてどうでもいい感想をミズトは持った。
それからいつものようにエイダやタクマがテーブルまでやってくると、箸がなかなか進まず食べ終わる頃には一時間以上は経っていた。
ギルドマスターというのは暇なのか、ブルクハルトとフェルナンもまだ残っている。
ミズトもやることが思いつかないので、メニューに最近追加された団子とお茶のセットを追加注文し、時間を潰すことにした。
「ブルクハルト様! フェルナン様!」
それから少し経ち、そろそろ店を出ようとしていた頃、隣席のドワーフとエルフに誰かが慌てた様子でやってきた。
どこかで見た覚えがあるので、冒険者ギルドの職員なのだろうとミズトは想像した。
「ブライアンよ、ここには他にお客もおる。静かにせんか」
ブルクハルトは軽く叱るように言った。
「たいへん失礼いたしました! しかし、緊急事態のためご報告いたします!」
「緊急事態?」
「はい! この帝都オルフェニア内にモンスターが出現しました!」
「なに……?」
老齢のドワーフも少し動揺を見せた。
話が聞こえたミズトは、すぐに周辺に意識を向けた。
それほどレベルは高くないが、たしかに街中にモンスターがいるようだった。
冒険者ギルド職員の話によると、すでに数十体のモンスターが確認されており、強力なモンスターはいないが、戦闘クラスではない市民は混乱しているようだ。
モンスターの発生場所は、帝都にある採掘場の坑道内で、原因調査に向かった鉱夫一人が戻ってきていないという話もあるようだった。
「採掘場の奥はたしかにモンスター発生エリアと聞いておるが……。フェルナン殿、どう思う?」
ブルクハルトは同席している冒険者ギルドのサブマスターに尋ねた。
「あそこはダンジョン化もしておりません。モンスターが発生したところで数体がいいところでしょう。それほど大量に発生することは…………まさか?」
(ん?)
ミズトは何か言いたそうなフェルナンの視線に気づいた。
(なんでこのエルフは俺を見てんだ……。なあ、エデンさん、ちなみにその採掘場はどの辺にあるんだ?)
【採掘場は以前に訪れたスラム街の近くにあります】
(ああ、あの辺か)
ミズトは位置を思い出し、意識を採掘場方面へ向けた。
すると、聞いた通り採掘場方面からモンスターが現れていることだけではなく、強めの違和感を感じとった。
グリノス系モンスターの気配だ。
「先ほどのお話、本当でしょうか!?」
突然、店の奥からタクマが現れ、冒険者ギルド職員に話しかけた。
「な? ど、どの話のことだ?」
タクマの勢いに、冒険者ギルド職員はたじろいだ。
「鉱夫一人が戻ってきてないって話です!」
「あ、ああ、本当だ。鉱夫の中で一人、腕に覚えのあるやつが調査に向かったらしいんだが、戻って来ないという話だ。しかもそいつが向かった坑道内からは、何か大きな衝撃音がするって話もある」
「そ、そうですか……。まさかウィルさんじゃ……」
タクマは心配そうな表情で声を漏らした。
(ウィル……?)
【お気づきの通りタクマさんのご友人です】
聞く前にエデンが答えた。
(この前の奴か……。で、その戻って来ないって奴は、タクマが気にしてるウィルじゃないよな?)
どうせお答えできませんと言われることは分かっていても、ミズトはエデンに訊いた。
【原因調査に向かったのは、タクマさんのご友人ウィルさんになります】
(…………は?)
【ミズトさんが感知したとおり、坑道内にはグリノス系モンスターがいるため、ウィルさんはかなり危険な状態です】
(ちょっ……ちょっと……)
ミズトは急なエデンのサービスに戸惑った。
何か情報操作されているような気分にもなったが、エデンなので虚偽の情報ではない。
取り返しのつかなくなる前に、エデンが伝えてきたことは良かったと思うことにした。
「ちょうど手が空いてるので、少し様子を見てきます」
ミズトは不安そうなタクマに声を掛けた。
「ミズト!? そうか、君が行ってくれるか……。頼む! もしそれがウィルさんなら、絶対連れ戻してきてほしい! あの人は、あの人だけは失ってはいけないんだ!!」
タクマはミズトの両肩を掴んで言った。
「分かりました。ウィルさんを見つけて参ります」
(こんな感情的なタクマは初めて見たな)
【それだけタクマさんにとって大切な人物になります】
エデンが誰でも分かるようなことを改めて言った。
「ミズト殿!」
ミズトが店を出ようとすると、フェルナンが声を掛けてきた。
「フェルナンさん? どうされました?」
「もしかしたらあれかもしれません。あれだった場合は想定される被害が甚大になります。どうか、ミズト殿のお力添えをお願いします」
フェルナンはミズトに頭を下げた。
(おいおい、あれって言われても、お前とそんなツーカーの仲になった覚えはないんだが……)
何故かフェルナンはグリノス系モンスターの可能性に気づいている。
ミズトは何となくそう感じ、フェルナンに頭を下げた。
「承知しました」
「では我々はギルド本部に戻りますので、ここはミズト殿にお任せします」
「フム、ミズト殿の活躍を拝見したいところですが、仕方ないですな」
ブルクハルトはフェルナンの言葉に同意した。
(見世物じゃねえから)
ミズトはブルクハルトにも頭を下げると、二人よりも先に店を出た。




