第189話 帰国のあいさつ
それからミズトは、アリヤンの店を訪れることにした。
ずっとゴーレムに任せていたので、顔を出さないと悪い気がしたのだ。
「ミズト先生!!」
店に入ると、アリヤンはすぐにミズトを見つけてきた。
「アリヤンさん、お久しぶりです。留守の間はご迷惑をお掛けしました」
「何をおっしゃるんですか! 最初ゴーレムが来た時はさすがに驚きましたが、定期的にポーションの補充をしていただき助かりました!」
「そう言っていただけて恐縮です。では何事もなかったということですね」
「あっ……いえ……何もなかったわけでは……」
アリヤンは急に口ごもった。
「何かトラブルでもあったのでしょうか?」
「いえね、トラブルというほどでもないのですが、上級ポーションを売ってほしいと、毎日訪れるお客様がおりまして……」
「上級ポーション? そんなものはお売りできませんので、無いと断っていただければ良いです」
「そうなのですが……先生なら上級ポーションだって調合できると……」
(こいつ、口を滑らせたってことか……?)
「それで毎日しつこく来られると?」
なんだか面倒なことになっていそうだ。
「はい……よほど必要なご様子でして……。もちろん、どれほどの事情であろうと、最高品質の上級ポーションはお売りできないことは、重々承知しております!」
「ご理解いただいて助かります」
(頼むぜアリヤン。そんな話が広まったら、大変なことになるからな)
さすがのミズトも、最高品質の上級ポーションが持つ意味を理解していた。
「よ、アリヤン!」
後ろから誰かがアリヤンに声を掛けてきた。
親近感のある言い方から、常連のお客なのだろうと想像がつく。
「ウ、ウィルさん……今日もいらしたんですね……」
「ああ、もちろんだ! こうなったら根比べだな!」
「そうですか……。先生、こちらの方が先ほどお伝えしたお方です」
アリヤンがミズトを見上げながら言った。
「先生!?」
アリヤンの言葉を聞いて、その常連客は驚いているようだった。
ミズトは振り向いて常連客へ目を向けた。
現れたのが上級ポーションを求めてきている者ならば、断るのに丁度よいタイミングだった。
立っていたのは三十歳前後の白人系の人間男性。
背が高く、がっちりした体格で、ステータスを見るまでもなく、高レベルの戦士系クラスだと分かった。
「ま……まさか……そんな……先生ってのは…………異界人なのか……!?」
白人男性はミズトを見ながら、ゆっくりと後退りしていく。
(なんだよ。帝都なら異界人なんて珍しくないだろう)
「な……なぜ……よりにもよって異界人が…………!」
「ウィルさん……?」
その様子にアリヤンが不思議そうな声を上げた。
「くそ……くそ……」
ウィルと呼ばれた白人男性はミズトから目を逸らすと、足早に店を飛び出していった。
「…………どうやら異界人が苦手の方のようですね」
少し間を置いてからミズトは呟いた。
「ええ……そうのようですが……しかし……ウィルさんは異界人を差別するような方では……」
アリヤンは腑に落ちない様子で言った。
ただ、ミズトにはどうでもよかった。
A級冒険者になってから、様々な人が取り入ろうとしてきたり、持ち上げてきたりすることはあるが、今でも差別的な目を向けられることも多々あるのだ。
先ほどの白人男性が、ミズトのことをどう思おうと、異界人をどう思おうと知ったことではなかった。
「今日は戻ったご挨拶だけですので、私はこれで」
ミズトは気持ちを切り替えると、アリヤンに言った。
「あ……はい……またいつでもいらしてください!」
アリヤンは深く頭を下げた。
動きがコミカルで、なんだか頭を撫でたくなるなと思いながら、ミズトはアリヤンの店を出て、久しぶりにタクマの店を目指した。
タクマの料理を食べない事には、帰ってきた気がしないのだ。
夕飯時には少し早いが、ミズトはまっすぐタクマの店へ向かうと、途中でタクマの店の隣に住む老婆と、その孫エイダに出会った。
「ミズト君!?」
「――――お二人ともご無沙汰しております」
気づかないふりをしようとしていたが、エイダに声を掛けられたので、ミズトは仕方なく返した。
「良かった! ミズト君、無事だったのね!!」
「え、ええ、まあ……。とくに危険なところへ行っていたわけでもありませんので……」
「何言ってるの!? 冒険者の仕事なんだから、どれも危険に決まってるじゃないの! お婆ちゃんと一緒に心配してたんだから!」
エイダは真剣な目でミズトを見ている。
「そ、それは心配をお掛けしたようで、恐縮です……」
「ふん、あんたは見かけによらず、優秀な冒険者みたいじゃないのさ。あたしは心配なんてしてないよ」
老婆はミズトの目を見ずに言った。
「何言ってるの、お婆ちゃん! ミズト君が大丈夫なのか、あれだけタクマさんにしつこく聞いていたじゃないの!」
「そんなことない。タクマちゃんが大丈夫だと言ったんだ。あたしが心配することじゃないね」
老婆はそっぽを向いて言った。
「お婆ちゃんも素直じゃないわね! タクマさんだって、実は危険のない依頼だって言ってたけど、何が起こるか分からないのが冒険者だから、帰るまでは心配だって言ってたじゃない!」
「そうだったかねえ」
老婆は素っ気なく言った。
(実は危険のない依頼……?)
「申し訳ありません、やはり心配をお掛けしたようで……」
「ふふ、そうよ! ミズト君がどれだけ凄い冒険者だろうと、みんな心配するんだからね!」
「はい……すみません……ありがとうございます」
(ん? 俺は何を言っているんだ?)
ミズトは正しい感情の落としどころが分からなくなっていた。
それから少し立ち話に付き合うと、ミズトは二人と別れて、再びタクマの店を目指した。
エイダがこんなところにいたのだから、まだ店が休憩中なのかもしれないが、開店と同時に入ろうと、久しぶりの日本食に心躍らせていた。