第186話 ウィルVSグリノスミノタウロス
ウィルは初撃をかわし、後ろへ回り込んだ。
そして挑発するように声をあげる。
「こい! こっちだ! 俺が相手をしてやる!!」
しかし、モンスターは一瞬ウィルを見ただけで、そのまま出口へ向かって歩き出した。
どうやら目の前の戦闘より、外へ出ることを優先しているようだ。
「くそっ! こっちだって言ってんだろう!!」
ウィルは背後からつるはしでモンスターの脚を攻撃した。
すると、ガチンという手に伝わる衝撃で、攻撃がまったく意味ないと自覚する。
それでも何度も何度も攻撃を加え、モンスターの前に回ると、モンスターは足を止めてウィルに攻撃を仕掛けた。
ウィルは間一髪でそれを避け、数歩後ろに跳ぶ。
モンスターは数歩前に動き、斧をウィルに叩きつけた。
それもウィルが避けると、斧は坑道の地面を削り、大きな振動を起こした。
「こいつ、正面にいる相手には攻撃をしてくるってことか」
少しでも足止めするためには、ウィルが正面から相手をする必要がありそうだった。
それは極めて危険な行為だが、今の攻撃を見て一つ作戦を思いついた。
モンスターの攻撃を利用し坑道を崩すことができれば、こいつを閉じ込めることができるかもしれない。
そうすれば、後は帝国騎士団が何とかしてくれるはずだ。
ウィルは危険なモンスターを相手に、巧妙に距離を保ちながら戦い続けた。
ウィルがモンスターにダメージを与えることはできないが、モンスターもウィル相手に戦うことで、ほとんど進むことがなくなっていた。
ウィルは、たった一人で一時間も戦い続けた。
しかし、絶望的なレベルの差は、それを永遠に続けることを許さなかった。
ある程度善戦していたウィルであったが、疲労で距離感を誤り、避けたはずの衝撃波に飛ばされ壁に叩きつけられた。
モンスターはそれを逃さず、今までで一番強い攻撃をウィル目掛けて振り下ろした。
「くっそぉぉぉぉぉっ!!」
ウィルは何とか横に転がり、その攻撃から逃れた。
しかし今の攻撃の振動で坑道の天井が崩れ、大量の瓦礫がウィルに降り注いだ。
「ぐわっ?!」
そのまま瓦礫の下敷きになり、身動きが取れなくなった。
足を潰されたようで、全身に激痛が走る。
更に追い打ちをかけるように、モンスターがウィルへ近づく。
戦いで命を落とすことをウィルは怖れたことなどないが、このままここで死ぬことは無念でならなかった。
アレックスたちにはまだまだ自分が必要だった。
彼らの生活を支えるため、ウィルがいなくなるわけにはいかない。
自分の判断ミスをきっかけに起きた五年前の事件を、ウィルは償いきれていないのだ。
「すまない……アレックス……リンジー……リリー……」
ウィルが全てを諦めた瞬間、モンスターの足が止まった。
誰かがこの場に現れたようだ。
もしかしたら総監督が呼んだ帝都の衛兵が来たのかもしれない。
「だ……だめだ……逃げるんだ……」
ウィルには分かっていた。
このモンスター相手に、帝都の衛兵程度では太刀打ちできないだろう。
それどころか帝国騎士でも大勢の犠牲者が出る。
紅蓮騎士、もしかしたら紅蓮騎士ロードでも来ない限り、このモンスターを止めることはできないのだ。
ウィルは絞り出すように続けた。
「逃げろ……逃げろ……」
しかしウィルの思いも虚しく、現れた人物の気配は、逃げるどころかモンスターと戦おうとしているようだった。
ウィルの存在に気づき、助けようとしてくれているようなのだが、自分のせいで犠牲者が出ることにウィルは絶望した。
あの時のように、自分は何も出来ないまま、目の前で犠牲が出てしまうのかと。
ところが、それから起きたことはウィルの想像を越え、理解することができなかった。
現れた人物とモンスターの戦闘は一瞬で終わり、モンスターが消滅したのだ。
もしかしたら本当に紅蓮騎士ロードが駆け付けたのかと想像したが、戦闘は剣ではなく魔法によるものに思えた。
そしてその人物は瓦礫に埋もれたウィルに近づき、大量の瓦礫を簡単に取り除くと、ポーションを差し出しながら言った。
「ご無事で何よりです。これをどうぞ」
ウィルの前に現れたのは、見覚えのある異界人だった。