第185話 理解を越えたモンスター
「地震?」
採掘場全体に轟く揺れを感じ、採掘作業中だったウィルは手を止めた。
「何言ってんだ、ウィル。この帝都で地震なんて起きたことなんてねえ」
何十年も帝都に住んでいる獣人ジャンニが答えた。
「けど……今の揺れは地震以外には……」
嫌な予感がしたウィルは、警戒しながら周囲を見回した。
たまに坑道内で崩落が起こり、その振動が伝わってくることはある。
しかし今のは、もっと巨大な、大自然のエネルギーのような力を感じたのだ。
「ゴブリン!?」
突然、ウィルは視界の中にゴブリンの姿を見つけた。
坑道内にマインゴブリンが出現することはよくあること。
しかし、今日の作業場はモンスター発生エリアから少し離れており、モンスターが現れることはないはずなのだ。
「ジャンニさん! みんな! 気をつけて! こんなところまでゴブリンが現れたようだ!」
ウィルは念のため鉱夫仲間に注意を呼び掛けると、つるはしを握ってマインゴブリンを迎え撃った。
マインゴブリン一体など、ウィルにとっては容易い相手だ。いつも通り迷うことなく確実に仕留めた。
ところが様子がいつもと違っていた。マインゴブリンは一体だけではなく、坑道の奥から何体も続いて現れたのだ。
「どういうことだ……?」
今まで、モンスターが出現する時はほとんどが一体だけだった。多くても二体がいいところだ。
何体いようとウィルにとって危険な相手ではなかったが、その異常事態にウィルは戸惑っていた。
「みんな! いったん外へ出るんだ!」
ウィルは、マインゴブリンを十数体ほど倒すと、鉱夫仲間に声を掛けた。
坑道の奥には、まだ何十体ものマインゴブリンが続いているのが見えた。しかも、コボルドやホブゴブリンも混ざっているようなのだ。
「ウィル! たいへんだ! あちこちの坑道でモンスターが発生したみたいだ!!」
現場監督が、出口方面からやってきて声をあげた。
「なんだって!? くそっ、どうなってるんだ!」
ウィルは仕方なく、鉱夫仲間と共に坑道を出ることにした。
外には、各坑道で働いていた大勢の鉱夫が集まっていた。
すでに怪我人がいるようだったが、モンスターはまだ坑道からは出てきていない。
「総監督! これはどういうことだ!?」
ウィルは採掘場の責任者を見つけると、駆け付けて訊いた。
「ウィルか。俺にも分からん。長年やってきてこんなことは初めてだ。第一坑道の奥から大きな音が聞こえてから、あちこちで大量のモンスターが発生しだしたようだ」
「第一坑道? このままではモンスターが坑道から溢れてくるのは時間の問題だ。総監督はみんなの避難と、衛兵への通報を頼む。俺が第一坑道を見てくる」
「そうか、すまんな。ウィルなら危険はないと思うが、気をつけて様子を見て来てくれよ」
「ああ」
ウィルは頷くと、そのまま第一坑道へ向かった。
第一坑道は採掘場の中で最も古い坑道で、今は使われていなかった。
ウィルが働くようになってからはもちろん、十年以上も前から足を踏み入れた者はいない。
照明の準備はされていないため、ウィルは松明を片手に奥へと進んでいった。
ここでもマインゴブリンが出現し、途中で何体も倒しながら進む。
五分ほど進んだ頃、奥から大きな咆哮のようなものが聞こえた。それがこの事象の元凶かもしれない、とウィルは直感した。
様々な修羅場を潜ってきたはずのウィルが、無意識に奥へ進むことを拒んでいるのだ。
「なんだ……? 奥に何がいるっていうんだ……?」
ウィルは、奥へ行くほど増えてくるモンスターを退治しつつ、かつてないほど警戒しながら歩みを進めた。
そして更に奥へと進むと、ウィルの理解を越えたモンスターと遭遇した。
「ミノタウロス……? いや、違う。見た目は同じだが、もっと異質の何かだ……」
ウィルは足を止め、つるはしを構えた。
つるはしなんかで勝てる相手ではない。それどころか、どれほど装備を整えても勝てないかもしれない。
ウィルはそれが分かっていても逃げることはなかった。
ここで少しでも足止めし、応援が来るまで時間を稼ぐ必要があった。
これを帝都の街へ放つわけにはいかないのだ。
幸いにもモンスターの歩みは遅い。
この狭い坑道でうまく立ち回れば、ウィル一人でもここで引き留めることができるかもしれない。
「ブォォォォォォォーーーーーッ!!」
モンスターもウィルに気づくと、大きな斧を構えて襲い掛かってきた。