第184話 異界人アキラと紅虎一家
帝都オルフェニアの人口は世界で最も多いが、その広大さゆえに人口密度はさほどでもない。
北部の貴族エリアだけでなく、人気の少ない場所はいくつもあった。
あるクランが一時的な隠れ家にしているこの場所付近も、かつて漁港として栄えていたが、今は使われなくなり廃墟化した建物がいくつもあった。
その建物の一つにある倉庫のような場所で、十代半ば過ぎの異界人が紐で縛られ正座させられていた。
「なんだこのガキ、『日本卍会』のくせに弱すぎんだろ! てめえホントにジンって奴の手下か?」
正座している少年の正面で、二メートル四方ほどの木箱の上に座っている男が、その異界人に言った。
片脚を立て、膝の上に腕を置いて、横柄な態度で見下すこの男も異界人だ。
「ち、違うんだ! 俺は『チーム世紀末』ってクランだ! ジンって人には会ったこともない!」
正座している少年は何度も殴られた跡があり、顔を腫らしたまま答えた。
「は? 何言ってんだ、アキラちゃんよ? ステータスに所属が『日本卍会』って書いてあるじゃねえか。適当なこと言ってんじゃねえよ!!」
少年の右から現れた別の異界人の男が、そう言って正座している少年の顔を蹴り飛ばした。
「ま、待ってくれ! 俺の話を聞いてくれ! これはうちが『日本卍会』にクラン戦で負けて、自動的に所属が変わっただけだ。俺はクラン戦にも参加してないし、『日本卍会』の誰とも会ったことがないんだ!」
アキラという少年は、鼻から血を流しながら必死に訴えた。
その話を聞いた異界人の男たちは顔を見合わせている。
倉庫の中には、アキラと呼ばれた少年以外に四人の異界人がいた。四人とも一般的な異界人と違って柄が悪く、反社会的勢力の一員のような男たちだ。
「なんだそれ? じゃあてめえは、ジンって奴がどこにいるのか知らねえのかよ!」
アキラの正面で座っている男が言った。
「そ、その通りだ! あんたたち『紅虎一家』って出来たばかりのクランだろ? まさかそんなんで『日本卍会』と争おうとしているのか?」
「このガキ! まだ俺たちの恐さが分かってねえのか!?」
アキラの顔面を蹴り飛ばした男が、再び近づいていった。
「ち、違う! あんたたちが強いのは分かったけど、たった四人じゃいくらなんでもって……」
「ギャハハハハ、たしかにそうだな! 俺たち四人だけで、まともにぶつかっちゃ勝てねえだろうよ! だがな、俺たちには恐ろしいお二人がついてんだ! ジンだろうとヒロだろうと目じゃねえ、恐ろしいお二人がな! 『日本卍会』なんて眼中にねえのさ!」
アキラの背後で、木箱に寄りかかっている男が答えた。
「そ、それで俺をどうしようって言うんだ? 『日本卍会』とは関係ないんだ。帰ってもいいか?」
「『日本卍会』のこと知らねえなら用はねえ。殺して海にでも捨てておこうぜ」
アキラの左側で、床に座り込んでいた男が言った。
「ま、待ってくれ、タロウさん! 殺さないでくれ! 何でも言うこと聞くから、命だけは勘弁してくれ!」
アキラは正面の男に懇願するように言った。
「なんだてめえ、命乞いかよ。まあいい、命令に従うってなら殺さないでいてやってもいいぜ。丁度この帝都で仕事があってな。なんなら上手くできりゃあ、うちのクランに入れてやっていいしな」
「本当か!? 頼む! なんでもやるから入れてくれよ! 今さら『日本卍会』には行けないし、帝都のクランには入れてもらえないんだ!」
「フン、図々しいガキだ。逃げずにやり切ったなら、入れてやる」
「逃げたりなんかしない! 俺には行くとこなんてないんだ!」
アキラは縛られたまま、男へ擦り寄るように近づいた。
「そうか、なら頼んだぜ」
『紅虎一家』の男たち四人はニヤリと笑い合うと、アキラに説明を始めた。
*
異界人のアキラは『紅虎一家』の四人に指示され、帝都の端にある採掘場を訪れていた。
もちろん脅されてやらざるを得ない状況ではあったが、アキラ自身が言ったようにクラン参加を望んでいるのも本当だった。
冒険者殺しを責められるのが嫌で、『日本卍会』とのクラン戦には参加しなかったため、今さら戻ることはできない。
かと言って帝都内の他クランには、アキラが帝都衛兵から指名手配されている事が広まっており、受け入れてはもらえないのだ。
そこへきて、『紅虎一家』が帝都民を平気で殺害する現場を見たアキラには、参加するには打ってつけのクランだった。
『チーム世紀末』のメンバーより、余程アキラと価値観が近いのだ。
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アイテム名:古代兵器ゲート(模造品)
カテゴリ:魔法具
ランク:5
品質 :高品質
効果 :LV98グリノス系モンスター召喚
※モンスター発生エリアのみ使用可能
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アキラは彼らから渡された黒いカードのようなアイテムを見た。
異界人はクラス『転移者』の能力で、触れたアイテムの性能を見ることができるのだ。
「いいか、アキラちゃんよぉ。あの採掘場は坑道の奥へ行けば、モンスターが発生するらしいのよ。つまり、帝都内でもこいつが使えるってことだ。召喚したモンスターは『ゲート』使用者の命令に従うから、そいつを使って帝都内で暴れてこい」
『紅虎一家』からそう言われて、アキラはアイテムを受け取っていた。
「へへへ……レベル98のモンスターなんか最強じゃんか……。下手したら紅蓮騎士ロードよりも強いんじゃないか?!」
それを操るアキラも最強になった気になっていた。
こんなものを他人に任せるなんて、半グレみたいなチンピラは馬鹿ばかりだな、と見下した。
それからアキラは、いくつかある坑道の一つに入っていった。
採掘場は稼働しているため、鉱夫らしき者たちがたくさんいる。アキラは見つからないよう彼らがいる場所から一番離れた坑道を選んだ。
中を進むと、二十分ほどでレベル7の『マインゴブリン』に遭遇した。
モンスターが出現すると言ってもダンジョン化はしておらず、大したモンスターは出現しない。
レベル36のアキラは難なく倒し、腰袋から預かったアイテムを取り出した。
「ここなら使えるだろう。待ってろ……俺を馬鹿にしたやつらを見返してやる! 『チーム世紀末』の奴らも、帝都民の奴らも、レベル98のモンスターにひれ伏せばいいんだ!!」
アキラの掲げた黒いカード型のアイテムが光り出すと、空中に黒い穴が浮かび上がり、そこからグリノスミノタウロスが出てきた。
「す、すげえ……マジでレベル98でやがんの……。これで俺は無敵だ……この俺が最強だ! 行くぞ、ミノタウロス! 帝都で暴れまくってやれ!!」
「ブォォォォォォォーーーーーッ!!」
グリノスミノタウロスは雄叫びを上げると、大きな斧でアキラを叩き潰した。