第183話 いつか語った夢物語
「それが、ヒロさんだけじゃなかったんです! もう一人、ヒロさんと同じ加護を持つ異界人が現れたんです!」
「なん……だと……!?」
ウィルは再びタクマに目を向けた。
「彼女はまだ十代の少女ですが、正義感も強く、すでにユニークスキルを使いこなしていると聞きます! 武闘大会で剣聖に勝ったという話も聞きました!」
「まさか……そんな子が……」
「そしてもう一人! 彼も十代の若者ですが、まったく若者らしくなく、くたびれた中年のような青年です。その彼はなんと、この世界に来て一年足らずでA級冒険者になったんです!!」
「A級冒険者だって……!?」
タクマの目から大きな希望が溢れているように見えたウィルは、思わず聞き返した。
「ウィルさんもご存知だと思いますが、A級冒険者は特別です! どんなにギルドの依頼をクリアしようと、どれだけギルドへの貢献度が高かろうと、レベル80以上またはそれに相当する実力があると認められない限り、A級へ昇格はできません!」
「いや……待て……。それはあくまで噂でしか……」
「噂ではありません! 俺たちが持っているガイドにも、そう書いてあるんです!」
「馬鹿な……異界人がそこまで強くなるなんて……。まさかそいつもヒロと同じ!?」
「いえ、加護もステータスもごく普通のレベル50のウィザードでした。でも、たぶんあれはクエスト報酬で手に入る、ステータス偽装の能力を持ったアイテムによるものだと思います」
「ステータス偽装? お前たち異界人は、そんなものまで手に入れられるのか?」
タクマの真剣な眼差しは、冗談を言っているように思えなかった。
「確実ではありませんが、他に考えられません」
「しかし……それほどの能力を持った異界人が、またヒロのように……」
「その心配はないと思ってます! 彼は簡単に周りに流されるくせに、頭の固い頑固な中年のようにこの世界を受け入れてません。俺たち転移者にも、この世界にも染まり切らず、いつまでもこの環境を拒否し続けています。良く悪くも日本人の彼は、誰かを傷つけることも、誰かに傷つけられることも嫌がり、争いから遠ざかろうとすると思います。だからこそ、俺は彼にはもっとこの世界に関わり、この世界の力になってほしいと思ってますし、なれると思ってます!!」
「それほどまでにお前が期待するとは……」
タクマの言っていることを全て鵜呑みにするつもりはない。
しかし、もしそんな異界人がいるなら、五年前にいてくれれば。五年前のあの事件をきっかけにした、その後の二年間の地獄がなかったかもしれない。
そう思わずにはいられなかった。
それでも、今のウィルは受け入れることが出来ない。
すべてを失った今は、ヒロがどうなろうと、過去を許すことはできないのだ。
「ミズト!」
突然、タクマがウィルの背後を見ながら声を上げた。
「タクマさん、ただいま戻りました。今日はまだ開店されていないのですか?」
丁寧な言葉づかいで、誰かがタクマに答えた。
ウィルは振り返ると、タクマの視線の先に異界人の若者を見つけた。
ウィルには異界人の顔の区別が難しいのだが、そこにいたのは先ほどポーション屋で会った若者だと分かった。
「ちょうど良かった! ミズト、実は君に紹介したい人がいるんだ!」
タクマはそう言ってからウィルを見ると、
「ウィルさん、彼が先ほど言ったA級冒険者です」
タクマの笑顔に、ウィルは懐かしさを覚えた。
それは五年以上前、まだエルドー王国が平和な頃だった。
彼ら異界人に言わせると、エルドー王国はスタート地点と呼ばれる場所で、日々異界人が出現していた。
ヒロが来る前、彼らのほとんどがスラム街に不法に住みついており、王国は彼らを差別し、彼らは王国を拒絶していた。
そんな中でも、一部の異界人は王国から市民権の認証を受け、共存している者たちがいた。
タクマもその一人で、彼はウィルが紹介した料理屋で働き、王国民の一人として生活していた。
そして王国では珍しい、異界人を差別せず、異界人に友好的だったウィルは、いつしかタクマと、すべての異界人が差別なく、この世界の人々とともに幸せに暮らせる未来を夢見て、語り合っていた。
その時のタクマは、いつもこんな笑顔を見せていた。
「悪いな……タクマ……。もう遅い……もう遅いんだ……!」
ウィルはタクマに背を向けると、異界人の若者が近づいてくる前にその場を去った。
「ウィルさん、俺は諦めませんから!」
タクマの声は、ウィルの心にはまだ届かなかった。