第181話 先生と呼ばれた若者
その後、ウィルは毎日アリヤンの店を訪ねるようになった。
何度も何度も訪れ、先生と呼ばれる薬師が帰ってきていないか確かめていた。
アリヤンが言うように、帰ってきたところで上級ポーションを調合してくれるとは限らない。調合する材料も揃っていないかもしれない。
しかし、どんな障害があろうとも、ウィルは手に入れてみせると思っていた。何が何でも薬師を説得し、足りない材料があるなら自らダンジョンへ向かい取ってくる気でさえいたのだ。
「ウィルよ、今日も例の店に行くのか?」
初めてアリヤンの店を訪れてから二週間ほどが経っていた。
その間、ウィルは仕事を毎日少し早めに切り上げているので、鉱夫仲間のジャンニも気にするようになり、そうウィルに尋ねたのだ。
「ああ。先生ってのに会えるまで、毎日行こうと思ってな!」
「お前さんがそこまで拘るんだ。よほどのことがあるんじゃろうな。そろそろ会えるといいのお」
「そうだな、ジャンニさんも祈っていてくれ。悪いな、今日も少し早く上がるわ。じゃあ行ってくる」
ウィルは鉱夫仲間や現場監督に挨拶を済ませると、いつものように帝都の中心部へ向かった。
この二週間、アリヤンの店に通っていて一つ分かったことがあった。
初日に遭遇したゴーレムは、どうやらほぼ毎日帝都の街を歩いているようなのだ。
アリヤンの店を訪れることもあれば、街の外へ向かうこともあるらしい。
何をしているのかは分からないが、帝都の人々はその光景に慣れ、ゴーレムを気にしないようになったことは確かなようだった。
今日も、ウィルはどこかへ向かうゴーレムに遭遇した。
初回も含めるとこれで五回目。さすがにウィルも警戒することはなくなったが、街を歩くゴーレムの姿には、違和感を覚えてならなかった。
それからいつも通り、アリヤンの店に入ると店主のアリヤンを探した。
「よ、アリヤン!」
身体は小さいが、動きに特徴があるハーフリングのアリヤンを、ウィルはすぐに見つけた。
「ウ、ウィルさん……今日もいらしたんですね……」
「ああ、もちろんだ! こうなったら根比べだな!」
「そうですか……。先生、こちらの方が先ほどお伝えしたお方です」
アリヤンは、隣にいる若者を見上げながら言った。
「先生!?」
ウィルはアリヤンの言葉に驚いた。
先生と呼ばれた若者は、アリヤンの言葉を聞くと、振り向いてウィルに目を向けた。
その姿を見て、ウィルは驚きから驚愕に変わった。
「ま……まさか……そんな……先生ってのは…………異界人なのか……!?」
ウィルは異界人の若者を見ながら、ゆっくりと後退りをする。
「な……なぜ……よりにもよって異界人が…………!」
「ウィルさん……?」
その様子にアリヤンが不思議そうな声を上げた。
ウィルはどうしても、高品質以上の上級ポーションが欲しかった。
それは片脚を失くした友人アレックスを治療するためなのだが、異界人の力だけは借りるつもりはなかった。
アレックスが片脚を失う原因になったのが、異界人だからだ。
ウィルとアレックスはレガントリア帝国民ではない。
二人とも、大陸の遥か西のエルドー王国出身だ。
そのエルドー王国で異界人が起こした事件をきっかけに、アレックスは片脚を失うことになった。
原因である異界人の力を借りるわけにはいかないのだ。
「くそ……くそ……」
ウィルは若者から目を逸らすと、足早にアリヤンの店を出た。
*
ウィルはアリヤンの店を出ると、早歩きで店を離れていった。
一刻も早く現実から遠ざかるように、無我夢中で歩いた。
「何をやっているんだ……俺は……」
二十分ほど歩き続け、大通りから逸れて細い道を歩いているうちに、ウィルは少し冷静さを取り戻した。
辺りを見まわすと、まだ明るいが、日没が近づいているのは分かった。
大通りから何本も逸れているとはいえ、さすがは帝都。歩く人影はあり、異界人も目に入る。
当然彼らは、エルドー王国で起きた事件には関係のない異界人なのだが、ウィルは嫌悪感を抱きながら、彼らから離れるように歩く方角を変えた。
「帰って飯でも食うか……」
帝都の中心部にもう用はない。
ウィルはそう思い、位置を確かめるために地区が記載されている看板を探した。
その数字を見て、ふと鉱夫仲間から聞いたもう一つの噂を思い出した。
それは帝都で人気の料理屋の話だった。
貴族が行くような店ではなく、庶民向けだがかなり美味しいらしい。
しかも、ウィルがもっとも気になった点は、子連れでも入りやすいというところだ。
世界最大都市と言っていい帝都オルフェニアでも、庶民が家族で入れるようなお店はそうそうないのだ。
上級ポーションを手に入れられなかった代わりではないが、ウィルはアレックス家のために、噂の店の下見をすることにした。
十分ほど歩くと、聞いていた場所に料理屋があるのを発見した。
今は休憩中のようで、店が開店するまで少しあるようだった。
「ニホンショク……タクマ……!?」
ウィルは店の看板を読むと、驚きを隠せなかった。
ウィルには、聞き覚えのある単語なのだ。
「いや……まさか……そんなわけ……。しかし……二ホンというのはたしか……」
ウィルの思考は止まり、看板を見上げながら立ち尽くす。
「ウィルさん!?」
誰かがウィルに声を掛けてきた。