第175話 ノワールとルージュ
リーダーを失った革命軍は自然解散となり、首都セルタゴへ戻ることになった。
不満が消えたわけでも、共和国政府側と和解したわけでもなかったが、そもそも戦う力もない彼らが、革命なんて起こすはずがないのだ。
ただ、黒騎士や黒いローブの男たちに扇動されて、流されるままここに来ただけなのだ。
それだけではなく、敵対していたはずのユウマの存在も、彼らが帰還する決心に大きく影響を及ぼした。
ユウマは革命軍の人々にこれまでの行為を謝罪し、これからはもっと元々の共和国民に寄りそう政策を進めていくと誓った。
もちろん、そんな言葉だけで普通は納得しないが、ユウマの戦いを見た人々は、彼の言葉を信じてみようという気持ちに傾いた。
彼の行動が、人々の心を動かしたのだ。
納得していない表情を見せているのは、中年男性のトオル・コガネイだけだった。
それから、五千人の共和国民を加えた大集団が、首都セルタゴに向けて出発した。
先頭を行くのは、いつものように紅い鎧をまとった紅蓮騎士シェリル。両手で手綱を握り、真っ赤な髪をなびかせて馬を進める。
「シェリル様。やはり落ちていた黒いアイテムは、奴らの言う『ゲート』のようです」
先頭集団から離れていたポーラが追いつくと、シェリルに馬を寄せ報告した。
「やはりか……。あの者たちの様子は?」
「はい、あれを見せたところ怯えた様子で、かなり危険なアイテムに間違いないようです」
「そうか。レイヴンの言葉を踏まえると、高レベルのモンスターを召喚するということだろうな。厳重に保管したか?」
シェリルは少しポーラに視線を向けて訊いた。
「はい、奴らの護送車とともに、帝国騎士を監視に付けております」
「なら良い。共和国には悪いが、あの者らと共に帝国へ持ち帰り調査をさせる」
「は、そのように――――」
「? なんだ? この再生した腕が気になるか?」
シェリルはポーラの視線に気づき、右手を手綱から離して、腕を前に上げた。
「いえ……その……ご回復されて、本当に良かったと改めて……」
「フフフ、勇者様と聖女様が現れるなんて、我々は女神アルテナ様に加護されているのかもしれんな」
「おっしゃる通りです。ただ、あの冒険者の男が気になります。なぜあのような嘘をつくのか……」
ポーラは視線を落としながら言った。
「たしかにな。もしあの者が言うようにあれを渡してきたのが勇者様だとしたら、聖女様と同行されているのだ、ポーションなど使う必要がなかろうに」
「はい……それに、私に使った中級ポーションも、最高品質のものでした」
「ふむ、そういえば帝都で、最高品質のポーションを扱う店が話題になっていたな」
シェリルは右手を手綱に戻した。
「あそこでは上級ポーションは扱っていないと報告があがっています。ただ、不確かな情報ですが、あの店にポーションを卸しているのは異界人だという噂も……」
「最高品質のポーションは極めて希少だ。そんな都合よく偶然が重なると思わない方が良いだろう。だが、どちらにせよ、我々がミズトに救われたのは確かだ。帝国騎士の、帝国貴族の誇りにかけて、いつか恩に報いてみせる」
それからシェリルとポーラは、ミズトの名を出すこともなく、黙々と首都セルタゴに向けて馬を進めた。
*
六千人以上もの集団の隊列の中で、黒騎士レイヴンとその部下を護送する馬車は、中央からやや前方寄りの位置を進んでいた。
馬車は黒騎士レイヴン一人と、部下四人組の別々に分かれており、レベル80台でも抜け出せない強力なアイテムで彼らは拘束されていた。
その黒騎士レイヴンが捕らえられている馬車に、誰も気づかないうちに二人組の男が忍び込んでいた。
「がはっ!?」
拘束されている黒騎士レイヴンの胸を、ショートソードが背中から貫いた。
「き……さまらは……ルージュ……」
レイヴンは血を吐きながら、なんとか言葉にした。
「ったく、てめらノワール組は失敗ばっかじゃねえか。そんなんだからそっちのボスは、部下を『魔物堕ち』させたんだろうよ」
ショートソードで突き刺した男が言った。
紅いローブを深くかぶり、種族すらよく分からない。
「なぜ……こんな……ことを…………」
「ん? なんでてめえを刺したかって意味か? そりゃあ、せっかくの革命が一件落着みたいに終わっちまったからじゃねえか。本来なら紅蓮騎士と共和国のトップが死ぬシナリオだろ? どっちも生き残ったのなら、革命軍リーダーのてめえが死ぬしかねえだろ。そう思わねえか?」
「もういい、そいつは死んでいる」
もう一人の、巨大な弓を背負った紅いローブの男が言った。
「チッ、レベル80台のくせに貧弱な野郎だぜ。こっちは異界人に見つかられねえよう気にしながら忍び込んだっていうのによ、もう少し楽しませろよな」
男はショートソードをレイヴンから引き抜いた。
「そう言うな。そいつらの実験のおかげで色々分かったこともある」
「ああ、たしかに、こいつの面白い使い道を思いついたからな!」
男は倒れたレイヴンの死骸を踏みつけながら、黒い長方形のアイテムを人差し指と中指で挟んで見せた。
「そうだ。東の最後の仕込みは失敗のしようがないが、もう一つぐらいは欲しいところだ」
「だよな。俺たちが手助けするのは何だけどよ、あいつら使えば簡単だろ」
「ああ、一つぐらい置き土産もいいだろう」
「なら、さっさと行くか。紅蓮騎士に気づかれても面倒だしよ。じゃあな、ノワール。イアの加護があらんことを、なんてな」
レイヴンの死骸に向けてそう言うと、紅いローブの二人の気配が消えた。