第174話 ミズトが持っていない何か
「申し訳ございません、シェリル様……! 大事なお身体をこのような……」
副隊長ポーラはシェリルの前で膝をつき、片腕を失った件について謝罪した。
「ポーラよ、これは貴公のせいではない。私の油断が招いた結果だ」
シェリルはとても優しい声で部下に言った。
「し、しかしシェリル様は将来のロード候補……。このようなところで……このようなところで……」
ポーラは悔しさが溢れだし、涙を地面へ落とした。
同じようにシェリルの元に集まっていた他の帝国騎士も、シェリルの腕を嘆き、皆が泣き出した。
(よっぽど慕われてるんだな……)
ミズトは、そんなシェリルたちに感心していた。
会社員で、上司が怪我をして泣く奴なんているわけがない。
ミズトも、上司であろうが部下であろうが、怪我ぐらいなら知ったことではなかった。
もちろん部下が体調不良で休んだ時は、心配する素振りを見せたりするが、本当はどうでもよかった。
ところが彼女たちはどうだろう。
強い信頼関係で結ばれ、心の底から心配しているように見える。
ミズトには無い何かを持っているシェリルたちを見て、少しだけミズトも感情が動いたような気がした。
「ミズト氏、とても微笑ましい光景だね。あんなに仲間に慕われて、シェリル様がどれだけ尊い存在かよく分かるよ」
ユウマがミズトに言ってきた。
「はい、良い隊長なのだと思います」
「はは……共和国民にこんなに嫌われてる僕なんかとは全然違うね」
ユウマは悲しそうな声で言う。
しかし、ミズトは何を言っているのかと思っていた。
ユウマだって、異界人仲間に同じように慕われている。
たしかに共和国民とすれ違いがあるのかもしれないが、彼らのために先ほどまで必死に戦っていた。
そして、黒騎士という強敵を、帝国軍や冒険者へ協力を求めて倒すこともできた。
ユウマもまた、ミズトが持っていない何かを持っている人物なのだ。
【ミズトさんも、しっかりと役割りを果たしていることを、お忘れなきようお願いします。グリノス系を含む約五千体のモンスターをミズトさんが退治したことで、たくさんの命が救われました】
エデンがミズトの功績を述べた。
(なんだよエデンさん……俺は何も言ってないが……)
【たいへん失礼いたしました。ただ、ミズトさんが成した事実をお伝えしました】
(まあ、言いたいことは分かるが……)
ミズトは自分のことを、良い人間でも悪い人間でもなく、ごく普通の人間だと思っている。
だから人を傷つけるようなこともしないが、積極的に人助けをするようなこともしない。
それが、大きな力を手に入れたこの世界でも同様だった。
しかし目の前で、他人のために必死になる姿を見ると、ごく普通であるミズトは置いていかれている気持ちになっていた。
自らついて行かないことを選んでいるはずなのに、なんとなく気が咎めるのだ。
「なんでえミズト、随分しけたツラしてんじゃねえか」
ジェイクがミズトの元にやってきた。
「お気遣いありがとうございます。私はだいたいこのような面構えになります」
ミズトなりに言い返した。
「ガハハハハハッ! ミズトのくせに難しく考えてんじゃねえよ! 俺様たちのような冒険者はよ、やりたいと思えばやりゃあいいんだ! ただそれだけだ、な!!」
ジェイクが強めにミズトの背中を叩いた。
(たしかに、てめえは何も考えず、やりたいことやってるだけなんだろうな……)
お前と俺は違うんだ。
ミズトはそう言い返してやりたかったが、ジェイクの言うことも一理ある気もしていた。
やりたいと思えばやればいい。やりたくなければやらなければいい。
この世界では、それでいいのではないかと感じるのだ。
ミズトは、ジェイクに叩かれた勢いに任せ、そのまま歩き出した。
そして、紅蓮騎士シェリルたちの元へと歩み寄る。
「ミズト、我々に何か用か?」
それに気づいたシェリルがミズトに言った。
いつものような強い口調ではない。
見下しや、拒絶も感じない。
その態度も相まって、片腕を失くした若い女性の姿は、とても痛々しくミズトには映った。
「勇者リアンさんからこれを預かっています。どうぞお使いください」
ミズトはマジックバッグから上級ポーションを取り出した。
「まさかそれは!?」
思わず声を上げたのは、ポーラの方だった。