第171話 女神の神託
ミズトはもう一度近づくと、再び上空へ蹴り上げた。
同じように堕レイヴンは少し離れた場所に落下する。
それは戦いでも何でもなく、気分を晴らすために青年が物体を蹴り上げているだけの様子だった。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も何も言わない。
誰もこの先どうなるのか分からない。
当の本人も、三回目に蹴り上げたあたりからスッキリして正気に戻り、引っ込みがつかずどうするか悩んでいた。
【ミズトさん、一度距離を置いて深呼吸することをお勧めします】
堕レイヴンの落下が五回目になると、エデンが口を挟んだ。
(そうだな……こんなことやってても仕方ない……)
ミズトがエデンの言葉を素直に受け入れ、理解不能な奇行を止めると、誰かがミズトに声を掛けた。
「師匠、悪りいが、ここは俺にやらせてくれ」
ミズトは聞き覚えのある声に振り返ると、いつの間にか勇者リアンと聖女オーレリアが立っていた。
いつものようにリアンは勇者の剣、勇者の盾、勇者の鎧のフル装備。オーレリアは水色とピンクをベースにした神官服だ。
「リアンさんとオーレリアさん?」
「師匠、久しぶりだな!」
リアンは軽く手をあげる。
「ミズトさん、お久しぶりです」
オーレリアはゆっくりと頭を下げる。
「えっと……その師匠という呼び方はちょっと……」
「実を言うと、俺らレベル75になってな! それでオーレリアが聖女スキル『女神の神託』を習得してよ、ここの事を知って駆け付けたってわけだ!」
(このガキ、俺の言ったこと無視しやがった……)
「『女神の神託』というスキルが教えてくれたってことですか?」
ミズトは聖女オーレリアを見た。
「はい、『女神の神託』を習得すると女神アルテナ様の神託を受けることが出来るようになります。今回は、この地で『魔物堕ち』が発生するので、リアンと向かうよう神託がありました」
(エデンさんの未来視みたいなものか?)
【わたしの場合は、ミズトさんに関わる未来についてフォーカスされます。一方『女神の神託』は世界の危機に関する未来予知と、行動助言がなされます】
(世界の危機か、聖女らしいスキルだな)
ミズトは聖女らしい清楚なオーレリアを見ながら思った。
「でもよ、神託でも師匠がいるとは言ってなかったんだよな。師匠がいるなら俺らが来る必要もなかったと思うけど、ここは俺にやらしてくれねえか?」
リアンにしては少し真面目な表情で言った。
「リアンさんがお一人で戦うのですか?」
「そうだ! そりゃあ師匠からすりゃあ頼りねえかもしれねえが、さっき言っただろ、レベル75になったって。師匠のことだから知らねえと思うけど、ユニーククラスにとってレベル75になることは最大の目標だ。レベル75で習得するスキルが、そのクラスで最も大事なスキルって言われているのさ!」
(何でどいつもこいつも、俺は知らない前提なんだ?)
【実際にご存じありません】
(…………)
「オーレリアさんが『女神の神託』を習得したように、リアンさんも勇者として大事なスキルを習得されたってことでしょうか?」
「ああ、世界を救う勇者の真骨頂、『真の勇者』を覚えたぜ!」
リアンはVサインをミズトに向けた。
「そういうことでしたら、あれはお任せします」
【意味のない戦いを繰り返さずに済んで良かったですね】
(…………)
エデンの言うとおりなのだが、ミズトは答えなかった。
「悪りいな、師匠」
リアンはミズトの肩を軽く小突いてから、その場にいる人々に向かって声をあげた。
「みんな聞いてくれ! 俺は勇者リアンだ! ここにいる聖女と共に世界を救いに来た! あの化け物は世界を危機にさらすようなモンスターだが、俺が来たからには安心だぜ!!」
「ゆ、ゆ、勇者だって!?」
「勇者と聖女……?」
「あぁ……勇者様……!」
この世界の者なら誰もが知っている、遥か昔から世界が危機にさらされるたびに現れ、世界を救ってきた伝説のユニーククラス勇者の登場に人々は驚いた。
「そうだ、俺が勇者リアンだ! ここは勇者の俺に――――」
リアンは剣を空に掲げた。
「任せてくれ!!!」
「おおおおぉぉぉぉぉー!!!」
勇者の力強い姿を見て、皆が無意識に声を上げた。
リアン!! リアン!! リアン!! リアン!!
勇者リアンの名を叫ぶ声が、辺り一帯を包んだ。
【ミズトコールが、リアンコールに変わってしまいました。やはりミズトさんでも悔しいでしょうか?】
(は? んなわけないだろ。何者かも分からない異界人の俺じゃなく、世界を救う勇者の方が正常に決まってる)
実際ミズトは、今の状況に少し安心していた。