第169話 マジックシールドの効率運用
「この化け物がぁ!!」
誰かが声を出して飛び出した。
あれの恐ろしさを知っているジェイクは武器を構えたまま動いていない。
異界人ユウマは、その異様さに警戒したまま。
しかし、帝国の六傑であり、革命鎮圧部隊のトップである紅蓮騎士シェリルは勇敢だった。
その危険性を感じたからこそ、彼女は真っ先に飛び出した。
そして、そのシェリルを慕う女性帝国騎士ポーラも続いて飛び出していた。
魔物堕ちした堕レイヴンは移動することはなかったが、クラリスの時と同じように全身から無数の触手が生え、近づく二人を攻撃した。
想定していない反撃に、紅蓮騎士シェリルは何とか反応し剣で受けとめた。だが、付き従ったポーラは反応できず、触手が彼女の身体の中心を貫いた。
「ポーラァ!?」
紅蓮騎士シェリルは慌ててポーラに突き刺さった触手を斬り落とそうとするが、想像以上の強度のため傷をつけることさえ出来なかった。
仕方なく剣を捨てると、ポーラの身体を片腕で掴まえてその場から全力で離れた。
触手はその間に何とか抜けていった。
「ポーラ! ポーラ! 誰か回復を!!」
紅蓮騎士シェリルは動かなくなったポーラを寝かせると、彼女の名前を叫びながら、回復魔法を使える者を探した。
(あのバカ! 何突っ込んでんだ! どう見ても危ねえバケモノじゃねえか! なんでもっと警戒しねえんだよ!!)
【ミズトさんは、あれの攻撃を防いであげられなかったことに腹を立てているのですね】
(は? エデンさん何言ってんの?! ああ、もう…………そういうわけじゃないが、俺の周りで致命傷を受けそうな奴がいたら、エデンさんが『マジックシールド』で防げるか?)
【もちろんです。ミズトさんが望むのであれば、何が起ころうとミズトさんの周囲で死者が出ないようわたしが防いでみせましょう】
(そうか……そうしてくれ……)
「皆さん、来ます!!」
ユウマが堕レイヴンの様子を見て声を上げた。
触手が伸び、近づいてきたわけでもない周りの者たちにも攻撃しだしたのだ。
無数の触手が周囲にいた者たちへ向かって放射状に伸びた。
ユウマが声を掛けたにもかかわらず、ほとんど全員が触手の攻撃に反応すら出来なかった。
しかし、触手が当たる直前、小さな円の形をした半透明の魔法壁が無数に現れ、すべての触手を防いだ。
無数の触手が何度も攻撃を繰り返そうと、小さな円の魔法壁が同じように何度も現れる。
「な、何が起こっているんだ?」
「攻撃が当たっても何ともない?!」
「このシールドのようなものはいったい……」
皆が状況を理解できずに困惑している。
「ミズト殿? もしかして、あなたが『マジックシールド』を……?」
魔力の流れを読み取ったフェルナンが、ミズトに言った。
「え? えっと……」
(俺じゃなくエデンさんが……。ってかあんな小さいシールドじゃなくて、相手をまるっと囲めばいいんじゃないのか?)
【消費魔力を効率的に運用しております。あの程度の相手に、ミズトさんの魔力を無駄使いする必要はありません】
(あ、そう……まあ、任せるけど……)
「ガハハハハハッ! 『マジックシールド』ならミズトに決まってらぁ! てめえら、ミズトに負担掛けねえようもっと離れるんだ!」
ジェイクが周りに大声で指示した。
「ポーラ!? ポーラ!?」
倒れたポーラを診ていた紅蓮騎士シェリルが焦りの声をあげた。
「ダメだ! 回復魔法じゃ追いつかねえ!」
ポーラを回復していた『氷雪旅団』のハイプリーストも、嘆くように言う。
ポーラの傷は塞がらず、流れ出した血が大きく広がっていった。
傷が深すぎるため、ハイプリーストの言うように魔法では回復できないようだ。
「誰か!? 高品質の中級ポーションを残している者はおらんか!? ポーラが! ポーラが!!」
あの紅蓮騎士シェリルが、少し涙を浮かべている。
ミズトは誰も動きそうにないことを確認すると、マジックバッグから中級ポーションを取り出し、二人の元に駆け寄った。
「こちらをお使いください」
ミズトはそう言って中級ポーションをポーラに掛けた。
すると、みるみるうちに傷が塞がり、ポーラの顔に生気が戻った。
そして目を開け、目の前のシェリルに気づいた。
「シェ、シェリル様……? ど、どうなされました?」
「ああ……ポーラ……! 良かった……良かった……」
シェリルはポーラを抱きしめた。
声を抑えているが、誰もが彼女が泣いていると分かった。
「シェリル様……? 申し訳ございません、不覚をとってしまいました」
「よい、よい、無事ならそれでよい。――――貴公、たしかA級冒険者のミズトだったな? さすがの備えだ。助かった、感謝する」
「いえ、恐縮です……」
謙虚なシェリルの態度にミズトは戸惑ったが、こちらの方が彼女らしい気もしていた。