第166話 陣地で起きている異変
紅蓮騎士シェリルが、ユウマたち共和国代表を連れて革命軍の陣地に戻る一時間ほど前、ミズトが数千体のモンスターを殲滅していた。
「ガハハハハハッ! まさか俺様たちの分を残さねえなんて、ミズトらしいじゃねえか!」
冒険者たちの元に戻ってきたミズトを、『氷雪旅団』のジェイクは笑い転げながら迎えた。
「それは申し訳ないことをしました」
(少し残すとか器用なマネできるかよ)
「まあいい! てめえら、見たか!? これがA級冒険者のミズトだ!!」
ジェイクはドヤ顔で冒険者たちへ声を上げた。
「す……すげえ……」
「なんだよ……今の威力……」
「これが……ミズトの力……」
冒険者たちは、現実とは思えない、想像を遥かに超えるミズトの魔法に驚愕していた。
しかし、それは次第に称賛へと変わり、冒険者を代表するA級ミズトの力に熱狂していった。
「さすがA級冒険者だ!」
「見たかぁ、ミズトの魔法を!」
「これが俺たちのミズトの力だー!」
ミズト!! ミズト!! ミズト!! ミズト!!
冒険者たちはミズトの名前を叫んだ。
(………………こいつら馬鹿なの?)
ミズトは阿呆らしさと恥ずかしさに襲われた。
【冒険者の方々はミズトさんの魔法に感動したのです】
(だからと言って、なんかキモいだろ……)
【皆さんはミズトさんを称えているのです。ここは素直に受け入れて問題ありません】
(…………)
ミズトは、エデンの言うように受け入れた自分の姿を思い浮かべると、少し身震いした。
それからミズトたち冒険者は、革命軍の陣地へと戻っていった。
ミズトはその間、冒険者たちにひたすら話しかけられるはめになっていた。
ミズトのことを根掘り葉掘り聞く者、自分のことをミズトにアピールする者、関係ない世間話をする者、皆がこぞってミズトと話そうとしていた。
当然ミズトには居心地の悪い状況だったが、彼らを無下にすることもできず、苦手な愛想笑いをしながら適当に回答した。
そんな時間を一時間ほど過ごし、陣地に近づくとミズトは異変に気づいた。
(戦闘中? またモンスターが発生したのか?)
ミズトは一瞬そう思ったが、グリノスの気配を察知し、すぐに異常な事態だと理解した。
前日と同様の低レベルのモンスターはいいとして、問題は二箇所。そのグリノス系のモンスターが戦っている箇所と、人間同士が戦っている箇所だ。
(人間同士って、まさか革命軍と共和国軍が戦ってるのか?)
【いいえ、そうではありません。まずは状況確認のため戦闘発生場所へお急ぎください】
エデンが進言した。
「ミズト、どうした?」
ミズトの様子に何かを感じとったジェイクが話しかけた。
「革命軍の陣地内で戦闘が発生しているようです」
「なに……? てめえがそう言うなら、そうなんだろうな。おい、てめら、何かあったみてえだ! 急ぐぞ!」
ジェイクは遠くに見える陣地に視線を向けて言った。
ピクニックのような気分で歩いていた冒険者たちは、ジェイクの言葉で一気に気持ちを切り替え、一斉に陣地へ向けて急ぎだす。
足並みが揃わないはずの冒険者たちのそんな姿を見たミズトは、なんとなく感心しながら皆について行った。
「なんだ、あのおかしなモンスターは……?」
陣地に辿り着くと、異界人ユウマと、冒険者ギルドサブマスターのフェルナンが、グリノスアーマーベアと戦っているところだった。
経験豊富な冒険者たちは、それが普通のアーマーベアではないことをすぐに理解した。
「どうなってやがる? なんでアーマーベアが化け物みてえに強くなってやがんだ? てめえら、周りの雑魚を片付けてこい! ここは俺様たちに任せな!」
ジェイクが気づいたとおり、周りには低レベルのモンスターが何体か残っていた。
他にも陣地内にはそれなりにモンスターの気配をミズトは感じる。
冒険者たちは、ミズトと『氷雪旅団』のメンバーを残し、他のモンスターを掃討するためにそれぞれ散っていった。
「それにしても、あの異界人のチビ、意外とやるじゃねえか。レベル70近え能力はあるんじゃねえのか?」
ジェイクが、ユウマとグリノスアーマーベアの戦いを見て言った。
ユウマのステータスではレベル59。
ミズトのように偽装ステータスのわけはなく、表示されているレベルは正しいはずだが、ミズトもジェイクが言うようにレベル以上の能力を感じていた。
それがエデンの言っていた、クラン補正やクランスキルの恩恵なのだろうと想像できた。
しかし、それでも戦況はグリノスアーマーベア優勢だった。
ユウマの身体が青く光り、不思議な攻撃をしていたが、グリノスアーマーベアには効いていない。
しかも、ユウマ本人もそれが分かっている様子だった。
それでも彼は、グリノスアーマーベアが他の者たちを襲わないよう、自分に引き付けるように戦っているのだと、ミズトには分かった。
(ユウマ・サカキか……)
もしミズトが、自分では勝てないような相手と戦った時、彼と同じことができるだろうか。
ミズトが戦わなければ他に犠牲が出るとしたら、代わりに戦うだろうか。
ミズトの答えは否だった。
自分を犠牲にして戦う姿を、ミズトは思い浮かべることはできなかった。
いや、ミズトだけではなく、現実の人間にそんなことが出来るわけないと思っていた。
大切な家族のためならまだしも、赤の他人のために自分を犠牲にする人間なんているわけがない。それは子ども向けの夢物語に出てくるヒーローや勇者という妄想の話だけなのだ。
ミズトはそう思っていた。
【ミズトさん、そろそろユウマさんが力尽きてしまいます】
ミズトにも分かっていることをエデンが言った。
ユウマを包んでいた青い光は収まり、ユウマから戦意が消えている。
ミズトは、本当にユウマが自分を犠牲にして戦っているのか、何故そこまでして戦っているのか理解できないままだったが、彼が死を覚悟したのは分かった。
(で、なんでジェイクは助けに入らないんだ?)
【『氷雪旅団』の方々ではあのモンスターに勝てないと理解されているからです】
(は? じゃあなんでお前らも残ったんだよ……。だいたい俺だって、一体だけうまく『ファイアストーム』で倒すのは無理だぞ? 『マジックシールド』で囲んでも、狭すぎるとはみ出すだろうしな)
【今のミズトさんなら『ストーンバレット』で問題ありません。石の大きさ・速度・発射位置・発射角度を、周りに大きな影響を及ぼさないよう正確に制御可能です】
(ったく……はいはい……わかりました。やれますよ、やりゃあいいんだろ?)
ミズトは不貞腐れた子供のようにエデンに言い返すと、一人で前に進み出た。
付き従うクロは、嬉しそうにミズトに続く。
「ストーンバレット」
杖を掲げて魔法を唱えると、衝撃音と共に石が発射され、グリノスアーマーベアの頭を吹き飛ばした。
僅かな衝撃波が周りへ伝わるが、テントを揺らす程度だった。