第161話 紅蓮騎士の帰還
セレニア共和国議会府の執務室にいた異界人ユウマの元に、革命軍陣地へ向かったはずの紅蓮騎士シェリルたち帰還連絡が入ったのは、昼食どきよりもだいぶ前の時刻だった。
「シェリル様が戻られた? いくらなんでも早すぎないですか?」
ユウマは連絡に来た事務員に尋ねた。
「しかし、既にシェリル様含む五名の方が、下の会議室でお待ちです」
「そ、そうですか。分かりました、すぐに降りていきます」
ユウマは慌てて机上にある書類を整理すると、執務室を出た。
「それでは皆様揃いましたので、本日の会談を開始させていただきます」
前日と同様、中年男性のトオル・コガネイがファシリテーターとして会談を進行した。
会議室にいるのは、革命鎮圧部隊側が紅蓮騎士シェリル、副隊長のポーラと男性帝国騎士、冒険者ギルドのフェルナン、ブライアンの五名。
共和国側が、着席しているのは共和国議会の議長、ユウマ・サカキ、トオル・コガネイの三名で、その後ろに立っているのは九人の同じメンバーだ。
「遠路お疲れ様でした。まずは状況をご説明いただけるとのことでしたので、お話を伺ってもよろしいでしょうか」
中年男性が革命鎮圧部隊の五人に向かって言った。
状況を説明したのは副隊長である女性帝国騎士のポーラだった。
彼女は、革命軍との交渉が難航したため、彼女たち仲裁役が立ち合いのもと、三者で直接和平交渉をすることになったと述べた。
そのために、共和国代表である三人を連れに戻ってきたとも説明した。
「ちょ、ちょっとお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ユウマは手を上げてそう断ると、
「ポーラ様のお話は、これから我々三人を連れ革命軍の陣地に訪れ、帝国の方々の立ち合いのもとで、革命軍と直接交渉しろとおっしゃっているのでしょうか?」
「ええ、そう聞こえたのなら、理解は合っているわ」
「た、たしかに我々はまだ革命軍と直接交渉しておりませんし、革命軍のリーダーと会ったこともありません。し、しかし、それなら彼らをここへ迎えた方が良いのではないでしょうか?」
ユウマは動揺を隠しながらポーラに言った。
「いいえ、それは向こうが拒否しているうえに、シェリル様のご提案でもあるわ」
「それはいくらなんでも譲歩しすぎでは……」
「貴様は話を聞いていなかったのか? 私が決めたと言ったのだ」
紅蓮騎士シェリルが口を挟んだ。
可愛らしい声とは裏腹に、言葉の威圧感は会議室全体を押しつぶすほどで、共和国側のメンバーの緊張感が一気に高まった。
「し、失礼いたしました……」
ユウマは納得をしたわけではなかったが、有無を言わさないシェリルの言葉に、拒否権がないことを理解した。
そして、仕方なく交渉に向けての話を進めるため、一つ大きく深呼吸してから話を続けた。
「革命軍との交渉については承知いたしました。交渉の場を調整いただきありがとうございます。共和国軍を揃える時間もありますので、出発は明朝でよろしいでしょうか?」
「何を言っているんだ、貴様は? 連れに来たのは三人だけだ。すぐに出発するぞ」
「!? しょ、承知いたしました。では護衛はこちらにいる九名だけで……」
ユウマはシェリルに返した。
「何度も言わせるな、三名だけだ。我々が仲裁するのだ、護衛など不要だ」
「――――!? 承知いたしました……」
ユウマは、後ろのメンバーが発言しようとしたところを制止すると、そう言ってシェリルに頭を下げた。
前日と比較すると、シェリルの態度が明らかに協力的ではなくなっていた。
共和国政府に協力するために訪れたはずが、中立どころか、むしろ革命軍寄りにさえ見える。
紅蓮騎士の気に障るようなことを言ってしまったのかユウマは気になったが、ここはシェリルの提案にすべて従うしかないと感じていた。
それから共和国代表の三人が乗る馬車を用意すると、すぐに首都セルタゴを出発することになった。
ユウマと同じ『スマイルファミリー』のメンバーは紅蓮騎士シェリルの決定を受け入れていなかったが、何とか彼がたしなめて、セルタゴで待機させた。
「ユウマ君、帝国の人たちは随分と態度が変わってしまったね」
馬車の中で、中年男性がユウマに漏らした。
「トオルさんもそう感じましたか。革命軍の口車に乗せられたとは思いたくないですが……。議長もこのようなことになって申し訳ない。僕がもっと上手く交渉できていれば」
「心配は無用ですぞ、ユウマ殿。革命軍が何を言おうと、正しいのはこちらです。今や異界人あっての、ユウマ殿あっての共和国です。革命軍の言い分なぞ、ただの不平不満でしかありませんのです」
「はい、私もそう思います」
ユウマは自分の正義を疑っていなかった。議長が言うように、この共和国には自分たち異界人が必要なのは間違いないのだ。
しかし、先ほどの会談で一つ分かったことがある。それは、どちらが正しいかではなく、紅蓮騎士シェリルがどう思うか。それがこの革命の着地点を決定する最も重要事項だということなのだ。
言葉にはしなかったが、議長も中年男性も、多かれ少なかれユウマと同じことを感じていた。そのため、三人はその後、馬車の中で一言も会話を交わさず重い空気がながれた。