第155話 追い込まれている人々
それでも、ミズトは彼らとモンスターを戦わせるのは、どうもいい気はしなかった。
それがこの世界では自然の摂理だとしても、必要ない犠牲を生むだけの気がしてならないのだ。
(正義の味方でもなんでもない、荒くれ者の冒険者が彼らのために戦うんだから、人間として当然の行動ってことだよな)
ミズトは近くでモンスターの発生を察知し、歩き出した。
クロはミズトの表情を確認し、すぐに続いてくる。
【ミズトさん、周りに他の冒険者がおりませんので、ご自身でモンスターを倒そうとされているのですね。とても素晴らしい判断ですが、理由付けせずに戦って問題ありません】
感心しているのか何なのか分からないことをエデンが言う。
(…………)
ミズトはエデンを無視して、モンスターの気配に向かって歩き続けた。
エデンが言うように、周辺に他の冒険者はいない。
しかし察知したモンスターは一体だけだ。ミズトが相手をする必要はまったくないが、革命軍の代わりに戦うことに抵抗もなかった。
「あれか」
陣地の端まで来ると、近づいて来るゴブリンを見つけた。レベルは5。
見た目通りレベルが低く、この世界に来たばかりのミズトでも倒せるモンスターだ。
ミズトはエレメントリウムの杖を構え、加減を意識しながら魔法を唱えた。
「ストーンバレット」
するといつも通りミズトの周辺から石が発射されたが、その威力はいつも通りではなかった。
ゴブリンの頭を吹き飛ばす程度に加減したにもかかわらず、ゴブリンの全身が簡単に消し飛び、その向こう側にある丘も削り取った。
(なっ…………!?)
【ミズトさん、相手はただのゴブリンです。今の魔法はレベル70台のモンスターに対する攻撃威力に相当します】
エデンが分析結果を伝えた。
(なんだよ……今の威力は……)
【残念ながらミズトさんは今、魔法制御が上手くできない状態にあります】
(上手くできない状態? どういうことだ?)
ミズトは気持ちを落ち着かせようと、近くの岩に座り、心配そうに見ているクロを撫でた。
【大きく二つの要因により、魔法制御ができません。一つはミズトさんの精神状態です】
(…………)
【ミズトさんはノヴァリス大陸へ渡ってきてから、ストレスが溜まり続けています。とくに同じ異界人の行動が必要以上に気に障り、過剰ストレスモード中です】
(過剰ストレスねえ……。んで、もう一つは?)
ミズトはクロを撫で続けながら訊いた。
【もう一つの要因は、帝都オルフェニアを出発後、いくつかレベルが上がっていることに感覚が慣れていないためです】
(…………は? 俺のレベルが上がってるって言ってるのか? 帝都を出てから戦闘なんてしてないぞ?)
クロを撫でる手が止まった。
【ミズトさんではなく、ミズトさんの生成したゴーレムが戦闘し、獲得した経験値がミズトさんに入っています】
(ちょっと待て、ちょっと待て。ゴーレムって屋敷に置いてきたやつだよな? ゴーレムの獲得した経験値が生成した俺に入るのは分かったとして、ゴーレムが何かと戦ったってことか? まさか屋敷の侵入者を殺したりしてないよな?)
【はい、ゴーレムには殺人を許可していませんので、屋敷の侵入者と言えども殺害することはありません。経験値の獲得は、素材採取をしているゴーレムによるものです】
(ん? 素材採取って、その辺に生えてる薬草とか採取してるんだろ? 帝都の外まで行って、モンスターと遭遇したりしてるのか?)
ミズトはクロから手を離した。
【ゴーレムはダンジョンに出向いて素材採取を行っております。その際、モンスターが素材採取の妨げになる場合は排除します】
(なるほど……ゴーレムが勝手にダンジョンで戦ってるってことか……)
【レベルアップのログ表示は停止していますが、レベルはだいぶ上がりました。ステータス画面を表示してもよろしいでしょうか?】
(いや、いい。俺に見せんな)
【承知いたしました】
ミズトは大きくため息をつくと、立ち上がって革命軍の陣地内へ戻っていった。
「きゃあああぁぁぁー!!」
陣地内に戻ると、近くで女性の悲鳴が聞こえた。
周囲を見ると、いつの間にか革命軍の人々がテントから出てきている。
皆、ミズトの魔法の音に驚き、出てきていたのだ。
ミズトは悲鳴の方向にモンスターの気配を察知し、すぐに向かい高齢女性がゴブリンに襲われている場面に出くわした。
陣地内でモンスターが発生したようだ。
(くそっ)
「マジックシールド」
ミズトは帝都出発前に習得した魔法を唱えた。
すると、ゴブリンが持つ棍棒が高齢女性に当たる直前で、半透明の魔法壁が彼女を守った。
ゴブリンは再度棍棒を振り下ろすが、高齢女性にダメージは届かない。
(なんとか上手くいったか……)
「みんなー、守るんだー!」
誰かが掛け声を出し、それを合図に革命軍が思い思いの武器で飛び掛かり、ゴブリンを倒した。
「なあ、今のはあんたの魔法か?」
近くにいた革命軍の男が、杖を掲げたミズトに話しかけた。
「ええ……まあ……」
「やっぱりそうか! さすが冒険者さんだ! 助かったよ!」
男のクラスは農夫で、手には木の棒を持っている。
「おお、あんたは帝国から来た冒険者じゃったな! ありがたや、ありがたや」
高齢男性が近づいてきた。
それを聞いていた周りの革命軍の人々も集まりだし、皆でミズトを称えだした。
「若いのにしっかりした冒険者さんだ!」
「いやー、私たちみたいな庶民のために魔法を使ってくれるなんてなー」
「同じ異界人なのに帝国の方は違いますね!」
次々と人々が出てくる。
【ミズトさん、咄嗟の『マジックシールド』は見事でした。本来、物理攻撃や魔法攻撃のダメージを軽減させる魔法ですが、ミズトさんの魔力なら完全防御に近い性能があります】
エデンも便乗して称えた。
(あの程度で騒ぎすぎだよな……)
【皆さん嬉しいのです。ここにいる方々は、生活が苦しく、国にも見捨てられたと思っている人々です。そんな絶望して集まった人々にとって、自分たちのために魔法を使ったミズトさんには、感謝しかありません】
ミズトは、自分は本当に大したことをしていないと思っている。
いや、攻撃魔法が制御不安定で使うこともできないため、むしろ役に立ててないとさえ感じている。
ところが目の前の光景はどうだろうか。
エデンの言うように、人々は感謝の眼差しでミズトを見ている。
中には目に涙を浮かべて笑顔を向ける者さえいる。
この程度のことでこれほど喜ぶ彼らの姿を見ると、どれほど追い込まれているのかがわかる。
だが、そもそもここに来たのは彼らを助けるためではない。 そう思うと、ミズトは感謝の言葉を受けるたびにただ戸惑うばかりだった。