第151話 可能性
それからミズトは、宿には戻らず少し街中を歩いていた。
ぶつかりおじさん化しないよう、中央通りは避け、一つ逸れた道を選んだ。
それでも十分に店は立ち並んでいるが、すれ違いざまに接触することがない余裕はあった。
【ミズトさんなら、どれほどの人混みでも完璧に避けて道を抜けることが可能です】
中央通りでも問題ないと、エデンが助言した。
(いや……なんか避ける気持ちの余裕がなくてな……)
【そういうことでしたら、宿に戻りお休みになられてはどうでしょうか?】
(もう少し、散歩してからな……)
歩きながら街を行く人々やお店の営みを眺めることは、ちょっとした気分転換になると、ミズトは思っていた。
会社員の頃も、電車を使わず歩いて帰ったこともあるぐらいなのだ。
セルタゴの空は、赤みがかっていた景色から段々と黒ずみ、歩いているうちに街中が温かい篝火に包まれていった。
その変化の様子も、ミズトを少しずつ落ち着かせていった。
そろそろ宿に戻ろうか。
ミズトがやっとそう思えるようになった頃、大きな声が路地を貫いた。
「おい、そこ! 街中で『ながらパネル』なんてやってるんじゃない!」
今度はミズトに対しての敵意ではない。
歩きながらステータスを見ている若者二人に、誰かが注意したのだ。
(またこのおっさんか……)
声の主はトオル・コガネイ、先ほどの男だった。
「おい、そこのガキ二人だよ!」
男は魔法使いの杖を振りながら二人に近づいた。
「んだよ、おっさん! うるせえよ!」
若者二人はレベル30台半ば。
どこにでもいそうな男子高校生に、ミズトには見える。
「何口答えしてんだ、ガキどもが! どうせ前の世界でも『ながらスマホ』で迷惑かけてたんだろう!!」
「うっせえおっさんだな! ここは異世界だ! 前の世界の常識なんて持ち込んでんじゃねえよ! だいたいおっさんのくせに、何でこっち来てんだよ!!」
「論点をズラすな、ガキが! まったく、『ながらパネル』が問題なことも理解できないガキが、この俺に意見なんてしてんな! いいか?」
男は杖の先を若者の顔に近づけて言った。
「マジこのおっさんウザいんだけど! おっさんが来るとこじゃねえって!」
「俺は喧嘩売ってるんじゃない、注意してんだ! それとも、お前ら二人のクランはうちに喧嘩売ってるのか?」
男は杖で、二人の顔を順番に指した。
「ま、まずいって! この人『スマイルファミリー』だ……!」
黙っていたもう一人の若者が言った。
「スマイルファミリー……!?」
「その通りだ! 注意されてるのに、謝ることもできないってことは、ユウマ君が率いる『スマイルファミリー』に喧嘩売ってるってことだよな? クラン掲示板に、お前らのクラン名を書き込むけどいいか?」
男は意地の悪い笑顔を見せた。
「ちょ、ちょっと待てよ。そんなの汚ねえだろ……」
「汚いもなにもない。俺は注意してるだけだ。それを謝らず喧嘩売ってくるんだもんな。書き込むしかないよな」
「か、勘弁してくれよ……」
「聞こえねえなあ? 謝るのか、喧嘩売るのか、どっちなんだ!?」
男はヤンキーのような仕草で若者に顔を近づけ、睨みつけた。
「…………わ、悪かったよ」
「おい、ふざけてるのか? 敬語も使えねえで、謝罪になると思ってるのか?」
「す……すみませんでした……」
若者は地面に視線を落として言った。
「もっと大きい声で!」
「すみませんでした!」
「ひゃっひゃっひゃ! そうだ! 最初からそう言えばいいんだ! この俺に逆らってんじゃねえよ! いいか、もう『ながらパネル』するんじゃねえぞ!」
男は若者たちの尻を杖で交互に叩くと、満足気に声を上げて去っていった。
(…………なんだあいつ)
【とても面白い寸劇でした。ミズトさんのいい気分転換になったのではないでしょうか?】
エデンの言葉は、いつも何が本音か分からない。
(なんでそうなるんだか……。それにしても、脅し方が卑怯な男だな。若いやつ相手におっさんが何やってんだ)
ミズトは、肩を落として歩いていく若者たちを見ながら思った。
【はい、とても効果的な脅しでした。注意されていた若者は、ミズトさんのお気に召さない『歩きスマホ』をしていたので、見ていて気分が晴れたのではないでしょうか? 『ざまぁ』というものです。先ほどの店内でも、ミズトさんがお気に召さない屋内でフードを被った方々でしたので、あの男の行動には共感できます】
(なんだよ、その皮肉は……。いや……皮肉の方がマシか…………)
エデンの指摘通り、歩きスマホも、屋内でフードを被っているのも、ミズトは気に入らない。それは事実だ。
そうなると、もしミズトが普通に転移してきた人間で、若返っていなかったら、変なチート能力を身につけていなかったら、エデンがいなかったら、どうなっていただろうか。
あの男は、ミズトだったかもしれない。
もちろん、あの男ほど卑怯な手は使わないと信じたい。
しかし、多少手段が違ったとしても、やることは結局大差ないのではないだろうか。
ミズトは、あの男の姿が自分と重なって仕方なかった。