第145話 副隊長ポーラとB級冒険者ジェイク
争いが起きている場所に着くと人だかりができていて、その中心で殴り合いの喧嘩が発生していた。
冒険者の方は出発日にミズトの強さを疑っていた獣人だ。獣人なので勝手に武闘家だと思っていたが、ステータスを見ると剣士だった。
相手は30歳前後の帝国戦士。どちらもレベルは60だ。
「ガハハハハハッ! いいぞ! やっちまえ!!」
ジェイクが楽しそうに野次馬に参加している。
(こいつ、止めに来たんじゃねえのかよ……)
ミズトはジェイクに呆れながらも人だかりに合流すると、喧嘩している二人に目をやった。
剣士と帝国戦士が武器を持っていないと言っても、レベル60の喧嘩。
前の世界では考えられない身体能力のため、プロ格闘技の世界戦よりも遥かに激しい戦いだった。
ミズトは自分がどれだけ高い身体能力を持っているのか棚に上げ、二人の戦いを感心して見学していた。
「そこまでにしなさい! 小隊長クラスが何をやっているの!?」
決着がつきそうにない戦いが十五分ほど続いた頃、女性の声が二人を止めた。
「こっ、これはポーラ副隊長……」
「あなた、小隊長ではなくて? これはどういうことかしら?」
三人の帝国騎士が現れ、真ん中にいる女性騎士が二人を止めたようだ。
見た目は二十代後半でレベルは75。この討伐隊全体で見ても、紅蓮騎士シェリルに次ぐレベルの高さだ。
「も、申し訳ございません……この冒険者が帝国軍を侮辱するものですから……」
獣人と殴り合っていた帝国戦士が目を泳がせながら答えた。
「栄えある帝国戦士の小隊長が何を言っているの!? 冒険者風情の戯言なんて捨てておきなさい! 相手にするだけであなたの栄誉が傷つくのよ!」
「失礼しました、ポーラ副隊長。小隊長でありながら面目もございません」
「分かったならいいわ。さあ、自分の夜営場所に戻りなさい」
ポーラと呼ばれた女性騎士は、そう言って争いの場に背を向けた。
「おいおい、女騎士さんよぉ。言ってくれんじゃねえか」
ジェイクがポーラの前に立ちはだかった。
「何、あなた? 冒険者になんて用はないわ。そこをどきなさい」
ポーラは道端のゴミを見るような目でジェイクを見上げた。
「そおもいかねえなぁ、余興の邪魔しやがって。帝国軍ってのは喧嘩する度胸もねえのか?」
「あなた、何を言っているの? ここにいるのは帝国軍のエリートよ? 帝国騎士はおろか帝国戦士より格段に劣る冒険者風情なんて相手にしないわ? 分かった?」
「ガハハハハハッ! 笑わせてくれるぜ! 分かってねえのはてめえの方だ。今回、冒険者ギルドは本気だって聞いてねえのか? てめえら帝国騎士なんざ足元にも及ばねえ戦力を揃えてきてんだ。ひ弱な帝国軍の相手をしてやってるだけ有り難いと思うんだな!」
ジェイクはポーラに顔を近づけて言った。
「あなた……誰にものを言っているのか分かっているの? 私はシェリル様率いる鎮圧部隊の副隊長を任された帝国騎士のポーラよ? あなたが対等に話していい相手ではないわ」
「何度も言わせるな。分かってねえのはてめえだ。そのシェリルって女騎士含めても、俺様達の方が強えって言ってんだ!」
「いい加減にしなさい! シェリル様はあなたが口にしていい名前ではない! 分をわきまえなさい!」
「シェリルシェリルうるせえなぁ。いいから、そのシェリルとやらも連れて来てみろ。まとめてぶっ潰してやる」
「き、貴様ぁ……!! シェリル様の侮辱だけは許さんぞ!」
ポーラは思わず剣を抜いた。
「侮辱? 違えな、ただの事実を言ってるまでだ」
剣を向けられてもジェイクは一つも動じてない。
「…………あなたはA級冒険者ではないわよね? たしか……参加しているA級冒険者は異界人だと聞いているわ」
「ああ、俺様はB級冒険者のジェイク様だ。A級ってのはあいつだ」
ジェイクは親指を立ててミズトを指した。
(ば、ばか! なに俺を巻き込んでんだ!)
ミズトはポーラの鋭い視線を感じながら心の中で呟いた。
「そう……あれがあなたたち冒険者の幻想を生んでいるのなら、ここで私がその幻想を壊してあげる必要があるわね」
「待てよ。てめえにミズトとやる資格なんてねえ。そんなにやりたきゃ、俺様が先だ」
ポーラがミズトに向かって歩き出そうとすると、ジェイクが再びポーラの前に立ちはだかった。
「はい、そこまでです!」
パチンと手を叩く音と同時に、誰かがその場を治めるように言った。
「チッ、フェルナンのおっさんか。これから面白くなるとこだったのによ」
「ジェイク、今夜はここまでにしてください」
現れたのは冒険者ギルドのサブマスター、フェルナン。
「ああ、ちょっと欲張り過ぎたかもしれねえ」
「ポーラ様、冒険者が大変失礼をいたしました。ここは剣を納めていただけないでしょうか?」
フェルナンはポーラに近づくと、頭を下げながら言った。
「あなたは冒険者ギルドのサブマスター……? ええ、私もどうかしていたわ。止めに来たはずが、同じことをしてしまったわね……」
(本当だぜ。簡単にジェイクに乗せられやがって)
自分に火の粉がかかる直前でなんとか収まり、ミズトは安堵しながら思った。
「ミズト殿。あなたも引いていただけるということでよろしいでしょうか?」
フェルナンはミズトに向いて言った。
(は? 待て待て、俺は巻き込まれただけだし)
「えっと…………もちろんです。皆さん落ち着いていただければ私は何でも構いません」
当事者扱いされたようで、何だか納得のいかない状況だが、ミズトは何とか自分を抑えて言った。
「ありがとうございます、ミズト殿。それでは皆様、これで解散してください。帝国軍の方々も冒険者の方々も、仲間内で争うことがないようお願いいたします」
フェルナンは皆に向かって頭を下げた。
「ま、今夜は仕方ねえ。女騎士さんよぉ、いつでも相手になってやるから、また来な。ガハハハハハッ!」
「……」
ポーラはジェイクを睨むが何も言わず、踵を返して帝国軍の夜営場所へ戻っていった。
(ジェイク……もういいから……それ以上煽んな……)
ミズトにはとても疲れる夜になってしまった。