第144話 行軍中の夜営
二十日にわたる千五百人の行軍が始まった。
先頭を行くのは紅い鎧をまとった紅蓮騎士シェリルと、形状は紅蓮騎士と似ているが特に色味のない鎧を着た帝国騎士百騎が続く。
その後ろには九百人ほどの帝国戦士や帝国魔導士などの部隊がおり、馬車や馬に乗っているのは半分程度。残りは徒歩で列をなしている。
その後ろから続く冒険者たちは、さらに馬車利用率が低く、八割ほどが徒歩で移動している。
冒険者ギルド同行者のフェルナンとブライアンは当然として、階級の高い者や魔法使いなど体力の低い者が優先して馬車に乗車した。
ミズトはというと、馬車内でのコミュニケーションを嫌い徒歩組に加わっていた。
子犬のクロぐらいは乗せたらどうだと提案されたが、千五百人の部隊の中で最高レベルのブラックフェンリルには不要の気遣いなので、ミズトは断った。
目指す共和国首都のセルタゴまでは、途中の町や村に立ち寄ることはなかった。
千五百人分の宿を確保するのは難しいためだが、広大な土地が続いているので、夜営する場所には困らなかった。
そのため夜は、周囲を気にすることがないからか、昼間の退屈な行軍の反動からか、毎晩宴会のような騒ぎになっていた。
最初の頃はどちらも警戒して、帝国軍と冒険者たちは離れて夜営をしていたが、五日目の夜からは様相が変わっていった。
帝国戦士の数人が食事中の冒険者に近づいたのがきっかけだ。
「けっ! 冒険者はしけたもん食ってんなぁ! 実力もねえ冒険者は稼ぎも少ないってか」
エリートであるはずの帝国戦士には程遠い、冒険者のような柄の悪い口調で一人が見下すように言った。
「あ? 騎士になれねえ落ちこぼれが言うじゃねえか?」
冒険者の一人が立ち上がった。
「なんだと!? 冒険者の分際で、帝国戦士様に対して口のきき方がなってねえみたいだな!」
「笑わせんな。落ちこぼれの分際で、冒険者様に対して口のきき方がなってねえみたいだな」
「ふざけんな、冒険者が! 帝国戦士を侮辱すると許さんぞ! 貴様のような奴は剣の錆にしてくれようか!?」
「ピーピーうるせえな、落ちこぼれが。やれるもんならやってみろ」
冒険者は指を鳴らしながら帝国戦士を挑発した。
「舐めるな、冒険者ぁ!」
帝国戦士と冒険者の取っ組み合いが始まった。
どちらもギリギリで立場を理解しているのか、武器を抜くことはなかった。
殴ることもせず、ただ掴み合っているだけだ。
「おうおう、どうしたどうしたぁ!」
「二人ともしっかり腰を入れろやぁ!」
「喧嘩になってねえじゃねえか!」
周囲の冒険者は面白がって二人を煽る。
少数の帝国戦士はどうするか戸惑っている様子だったが、少しして帝国側が何人も集まりだすと、勢いづいて仲間の帝国戦士を応援しだした。
それから怒号だけが飛び交う時間が流れ、間もなくして双方から喧嘩を止めようとする者が現れだし、怪我人がでることもなくその夜は収まった。
しかし、翌日の夜からも帝国軍と冒険者の小競り合いは続いた。
あちこちで言い争いが起き、中には殴り合いを行う者も現れた。
さすがに武器を抜いたり魔法を使ったりする者はいなかったが、毎晩のように発生する争いには仲裁する者たちは手を焼いた。
そんなある日の夜、ミズトやジェイクたち上級冒険者の夜営場所付近でも、小競り合いが発生していた。
「ジェイクさん! 頼む、仲裁に入ってくれ! C級冒険者と帝国戦士の喧嘩だ、俺らじゃ止めらんねえ!」
一人の冒険者が『氷雪旅団』の夜営場所に駆け込んできた。
「ガハハハハハッ! どいつもこいつも毎晩お盛んで嬉しくなるぜ! ミズト、クロ、行ってみようぜ!」
ジェイクはそう言って立ち上がった。
(は? 何で俺が?)
二十日の行程の間、ミズトは一人ひっそり過ごしていたいところだったが、何故か毎晩のように『氷雪旅団』のメンバーがミズトの元へやってきていた。
ジェイクにいたっては風貌に似合わず犬好きなのか、クロをよく可愛がっていて、想定外にクロが嫌がることもなく、ジェイクに懐くようになった。
「ワンワンワン!」
ジェイクに呼ばれたクロは、当たり前のようにジェイクの元に駆け寄り、ついて行こうとする。
(おい、ちょっと……クロや……)
【ミズトさんも行ってみてはいかがでしょうか? 退屈な行軍ですので、たまにはこういうのも気分転換になります】
(エデンさんに言われると裏がありそうで嫌だな……)
【ご安心ください。とくに何か起きたりはしません】
(…………)
ミズトはエデンの言葉を警戒しながらも、このまま残って名前も覚えてない『氷雪旅団』メンバーと一緒に過ごす気にはなれないので、ため息をつきながらジェイクとクロの後を追った。