第143話 紅蓮騎士シェリル・アーヴィング
帝都オルフェニアの西門を出たところにある開けた平地で、ミズトたち冒険者は帝国軍と合流した。
冒険者側は、冒険者ギルドからサブマスターのフェルナン、事務員のブライアンが同行し、A級冒険者のミズト、B級冒険者の『氷雪旅団』、残りはC級からF級までのベテラン冒険者で構成されている。
規模は約五百人。
対して合流した帝国軍は、指揮官がシェリル・アーヴィングというレベル82の紅蓮騎士。年齢は二十代半ばの若い人間の女性という話だ。
彼女が率いる百人ほどの騎士も、半分ぐらいが女性のようだった。
その他帝国戦士や帝国魔導士などを含め千人ほど。
「ほお、帝国は紅蓮騎士まで引っ張り出してくるとはな。意外とやる気じゃねえか」
ジェイクがミズトの元にやってきて言った。
「紅蓮騎士ですか?」
(チッ、気安く話しかけてくんなよ)
「ああ、こっちの大陸じゃ有名な、レガントリア帝国の六傑と呼ばれる紅い鎧を着た帝国騎士だ。無知のミズトは知らねえだろうが、どの国にも属さねえ世界騎士、アルテルウム聖王国の聖銀騎士、レガントリア帝国の紅蓮騎士が世界三大騎士ってやつだ」
「三大騎士というのがあるのですね」
「ガハハハハハッ! やっぱてめえは知らねえか。ミズトらしくて嬉しいぜ!」
ジェイクは言葉通り嬉しそうに笑った。
「丁度良かった。お二人とも、ちょっとよろしいでしょうか?」
冒険者ギルド事務員のブライアンがミズトとジェイクに話しかけてきた。
「なんでえ、ブライアンじゃねえか。どうした?」
ジェイクが答えた。
「これからフェルナン様と共に、紅蓮騎士のシェリル様へご挨拶に参ります。冒険者代表としてお二人にもご同行願いたいのですが」
(そういうのはそっちでやってくれよ、面倒くせえな)
「チッ、面倒くせえこと言うじゃねえか。だが、紅蓮騎士ってのも興味あるし、ちょっと顔を見に行ってみるか。な、ミズト?」
残念ながらジェイクも同行する気になっている。
「えっと……承知しました、ご同行します……」
さすがにここで断るのは大人として配慮に欠けるので、ミズトは了解した。
*
それからフェルナンと合流すると、紅蓮騎士シェリルのいる場所に四人で赴いた。
「お目にかかれて光栄です、紅蓮騎士シェリル様。冒険者ギルドを代表して参りました、フェルナンと申します」
フェルナンは丁寧に頭を下げながら、紅蓮騎士シェリルに挨拶した。
「そうか、話は聞いている。冒険者ギルドもサブマスターをよこすとは、力を入れているようだな」
「はい、最高の冒険者を揃えて参りました」
「ふん、事前に伝えていると思うが、所詮、冒険者は我々帝国軍のおまけだ。とくに期待はしてないが、足手まといにだけはなるな。あくまで冒険者ギルドの顔を立てて参加を許したまで。それを忘れるな」
近くで見るシェリルはモデルのように綺麗で、紅い髪は凛々しさと可愛さを併せ持つ彼女によく似合っていた。意外にも幼い声だったが、それに合わない強い口調だ。
「承知しております。必ずやお役に立ってみせますので」
「だといいがな」
シェリルはミズトとジェイクを一瞥すると、あからさまに不機嫌に言った。
「それでは私どもは最後尾からついてまいります」
「ああ、用があれば呼ぶ。それまでは後ろにいるんだな」
「承知いたしました」
フェルナンはゆっくり頭を下げ、その場を離れた。
「ねえ、冒険者の奴らがシェリル様に挨拶してるわ」
「冒険者なんて、近づくだけで汚らわしい」
「ホント、匂いがシェリル様に着いたらどうしてくれるのかしら」
ミズトたちが戻ろうとすると、近くにいた帝国騎士がひそひそと話している。
ジェイクにも聞こえたらしく、彼は足を止めて背負っている斧に手をやるが、フェルナンに無言で肩を叩かれると、何もせずにまた歩き出した。
「くそっ、帝国騎士の女どもが、調子に乗ってんじゃねえか!」
シェリルたちとだいぶ離れてから、ジェイクが漏らした。
「ジェイクさん、我慢していただいてありがとうございます」
冒険者ギルド事務員のブライアンは、申し訳なさそうに言った。
「あんなとこで暴れちゃ、フェルナンのおっさんに悪いからな、仕方ねえ。それにしてもフェルナンのおっさんよ、ありゃあ言われ過ぎじゃねえのか?」
「あの程度は想定内です。帝国騎士は冒険者を良く思っていないですし、とくに上級貴族出身の紅蓮騎士シェリル様は尚更のようです。無理矢理に入り込んだ冒険者ギルドをお気に召さないのでしょう」
フェルナンは歩きながら静かに言った。
「けっ。フェルナンのおっさんがそう言うならいいけどよ。だがこのまま舐められっぱなしなのは気に入らねえぜ?」
「分かっています。だからこそのあなた方『氷雪旅団』であり、A級のミズト殿です」
「ほお、分かってんじゃねえか! フェルナンのおっさんも、あの紅蓮騎士の女も、きっと度肝を抜かれるぜ!」
ジェイクは隣を歩くミズトの肩に手を置いた。
「あなたにそこまで言わせるミズト殿には、ギルドも期待させていただきます」
フェルナンは一瞬振り向き、クロとミズトを交互に見た。
「え……はい……」
フェルナンと目が合ってしまったミズトは、思わずそう言った。
「ガハハハハハッ! 楽しみで仕方ねえな!」
(いつまで気安く触ってんだ!)
今度からジェイクと歩くときは離れて歩こう、とミズトは心に誓った。