第140話 求められる力
(…………冒険者ギルド証か)
「お気づきの通り、冒険者ギルド証の記録を見れば行かれたことは分かるのですが、何故か到達階層が分かりません。あそこは解明されていないことが多すぎるため、このようなことがあるのかもしれません。しかし、ミズト殿が半月ほど中にいたことだけは記録が残っていたのです」
ブルクハルトはしっかりとミズトを見据えて話す。
(攻略した記録は残らなかったのか……)
【『無限迷宮』はあの御方が関わる場所。いかなるものであろうとも、あの御方のお力に干渉することは不可能です】
(はは……)
「ミズト殿。A級冒険者どころか、到達者すら近づかない『無限迷宮』で半月も何をされていたのでしょうか?」
「…………」
ミズトはブルクハルトのせいで、辛く苦しい半月の記憶が蘇った。
「――――何が目的で行かれたか分かりませんが、その沈黙は『無限迷宮』へ行っていたことは認めると受け取りました。あの『無限迷宮』に半月も潜っていた冒険者。冒険者ギルドとしてはどれほどの者なのか見極めずにはいられないのです」
「…………」
ミズトは、冒険者ギルドマスターのブルクハルトが、自分の能力に興味を示していることを理解した。
この借り物の力が、とてつもない領域に達している自覚のあるミズトは、可能な限り実力を隠していたい。
この力が賞賛されればされるほど、焦燥感に駆られてしまうのだ。
この世界を生きていく上で便利なのは間違いないが、偽りの能力でしかない。
他人のお金で豪遊しているような感覚になっていた。
「ミズト、まさかA級冒険者だったなんて、凄いじゃないか!」
数分の沈黙が流れた後、少し距離を置いて話を聞いていた、この店の主が話に入ってきた。
「タクマ……さん?」
(タクマか…………)
「クラン未所属でレベル50は凄いと思ってたけど、君はA級冒険者だったんだね!?」
料理人タクマが、ミズトのテーブルまで来た。
「ええ……まあ……幸運にも……」
「何を言ってるんだ! さっきギルマスも言ってたじゃないか! まぐれでA級になんてなれないよ!」
「…………」
(なんでタクマが話に入ってくんだ……)
「それに、冒険ギルドのギルマスが直接依頼に来るなんて、とんでもないことだよ!? 冒険者ギルドは世界中にあるんだ! そのギルマスってことは、グローバル企業のCEOみたいなもんじゃないか!」
「まあ……たしかに……」
(高校生の頃にこっち来たわりには言葉を知ってるじゃないか……)
「君はそんな能力を何一つ表に出さないけど、この世界じゃA級冒険者はエリート中のエリートだ。それほどの能力があるなら、共和国へ行って同じ異界人の力になるよう、俺からもお願いしたい!」
「…………」
(よりにもよって…………)
ミズトはタクマの真剣な眼差しに押され、言葉が思いつかない。
「ミズトが知っているか分からないけど、共和国の首都セルタゴはスタート地点の一つだ。これからもきっと前の世界から何人も転移してくる人がいるはず。そんな場所で異界人が原因の革命なんて良いわけないと思わないかい?」
「まあ……たしかに……」
(思わねえ……よ)
「君に求められる力があるなら、同じ異界人のために役立ててほしい! 冒険者ギルドのギルマスのような重要人物から求められるなんて、とても素晴らしいことだしさ!」
「…………」
(この力は……たまたま手に入っただけでしかないし……)
「ミズト。君は、なぜ俺が料理をしているか分かるかい?」
「? 料理をするのが好きだからでしょうか……?」
「もちろんそれもあるけど、それよりも、誰かに食べてほしいからだよ! そしてその誰かが美味しいと言ってくれて、また食べたいと求めてくるから俺は料理を作るんだ! その中にはミズト、君も入っているよ! 君が食べたいと求めてくることは、俺の料理を続ける理由の一つなんだ!」
(たしかに、タクマが料理をする理由は、それが真実なんだろうけど……)
ミズトは、それが冒険者として自分が求められることとは、イコールではないと感じていた。
なりたくてなった料理人と、なりたいわけでもなかった冒険者では、明確な違いがあるのだ。
それでも、誰かに求められることが、人生でどれだけ大事なことなのかは分からなくもなかった。
【ミズトさんの能力は今、冒険者ギルドマスターのブルクハルトさんだけではなく、この世界で唯一尊敬するタクマさんからも求められています。これからもここで美味しい料理を食べるためにも、お引き受けすることをお勧めします】
(…………エデンさん、もしかしてこうなることが分かってて新メニューの話を持ちかけた?)
【わたしはこうなることを知っていました。しかしブルクハルトさんにはミズトさんがこのお店を利用している情報が伝わっていましたので、どちらにしてもこの状況になることには変わりありません】
(……じゃあ質問を変えるが、エデンさんは俺に人助けをさせようとしているのか? この力を正義のために使うべきだと思ってるのか?)
【ミズトさんもご理解している通り、正義というのは人によって違う『価値観』の一つです。スキルであるわたしは何の価値観も持たないため、正義の基準がありません。わたしはミズトさんにとって得か損かのみで判断しております】
(俺にとっての損得ねえ……)
金銭のように明確な数字で表れるならともかく、それ以外の損得はそれはそれで価値観によって変わらないだろうか。ミズトはエデンの言葉を聞いてそう感じていた。
「回答は決まりましたかな?」
タクマの話が一通り終わったことを見計らって、ブルクハルトがミズトに言った。
たしかに至福の時間を提供するタクマを尊敬しているが、本当のミズトの年齢より遥かに若い彼から、諭されるように言われると釈然としなかった。
しかし、自分にとって何が得になるのか、自分は何がしたいのか、何も判断できていない現状では、タクマの料理を美味しく食べ続けることより大事なことはなさそうだ。
それなら帝国軍をちょこっと手伝うぐらいならいいのではないか、と思うようになっていた。
「タクマさんがそこまでおっしゃるなら、少しお力になってみようかと思います」
「そっか! ミズト、ありがとう!」
「ホホッ! どちらも素晴らしい異界人のようですな。冒険者ギルドの代表として、感謝を申し上げます」
ブルクハルトは席を立つと、ミズトとタクマに向けて頭を下げた。