第138話 冒険者ギルドマスター
『日本食タクマ』の新メニューは、チャーハンと餃子だった。
(全然日本食じゃないが……美味い……美味すぎる……。最高だ……マジ最高だ……中華料理万歳! 料理人タクマ万歳!)
ミズトは至福のひとときを味わっていた。
美食家ではなかったが、前の世界でも食が唯一の楽しみになっていた。
その奪われていた楽しみを、この『日本食タクマ』では取り戻すことができるのだ。
「うふ、ミズト君はとても美味しそうに食べるのね」
それを見ていたエイダがミズトに声を掛けた。
「はい、とても美味しいので!」
以前は食事をするとすぐに、胃もたれや胸やけをしていた。
ところが今はいくら食べようと何ともなく、好きなだけ食べることができる。
高性能な若い身体に、ミズトはこの時だけは感謝していた。
「A級冒険者のミズト殿ですね?」
そんなミズトの幸せな時間を、低い声が終わらせようとした。
「……」
席のすぐ横に誰かが立っていることに気づき、ミズトはレンゲを持つ手を一瞬止めたが、聞こえないふりをして、そのまま食事を続けた。
「お初にお目に掛かります。私は冒険者ギルドのマスター、ブルクハルト・キルヒナーと申します」
(冒険者ギルドのマスター?)
ミズトは思わず声の主を見てしまった。
立っていたのはドワーフの男性だった。
一般的なドワーフ族は、この世界の人間はもちろん、日本人のミズトよりも小さいのだが、彼はミズトより少し大きい。大量の顎髭も邪魔をしてミズトには年齢がまったく想像つかない。ステータスを見るとレベル80のアークガーディアンだった。
「食事中に申し訳ありません。しかし急を要するので、あまり冒険者ギルドを訪れようとしないミズト殿に会うために、このような手段を選ばせてもらいました」
「……」
「おい! ギルドマスターがお声を掛けているのだ! 無礼であろう!」
ミズトの態度に業を煮やし、ブルクハルトの後ろにいた男の一人が声を上げた。
ブルクハルトの後ろには三人の同行者がいるようだった。
「よい! 彼はA級冒険者だ。マスターの私と対等であり、あらゆる自由を保障されている」
「し、しかし……」
男はブルクハルトの言葉でも納得しない様子だった。
(ギルドマスターって……)
【世界中に存在する冒険者ギルドの最高責任者が、こちらにいるブルクハルトさんになります】
(だよな……)
「ギルドマスターと知らずに失礼しました。こんなところまでどうされたのでしょうか?」
ミズトは席を立つこともせずに言った。
空気の重さを察知したのか、足元にいたクロはミズトの言葉と同時に店の端まで行き丸くなった。
「先ほど申した通り、ミズト殿に用があり、ここで待たせてもらっていました。そちらへ座ってよろしいかな?」
「…………どうぞ」
ミズトは不機嫌をあまり隠さずに答えた。
「それにしても、異界人がやられているこちらのお店は、とても良いお店ですな。この世界に住む人々は、異界人に対しての認識を改めないといけないかもしれません」
ブルクハルトはミズトの向かいに一人だけで座ると、店を見渡しながら言った
「はい……私も良いお店だと思います」
ミズトは強大な権力者に警戒しながら答えた。
「我々、冒険者ギルドは、異界人だからと言って特別扱いもしませんし、差別もしません。世界中に存在している冒険者ギルドにとって、国や種族なんてあまり意味はないのです。ご理解いただけるでしょうか?」
「……はい、世界中に冒険者ギルドがありますので、多種多様な国民や種族が所属しているでしょうから、そういうのは気にならないのだと思います」
「ホホッ! さすが史上最速で昇級し、異界人で唯一A級へ至ったミズト殿だけはありますな。その通りです。冒険者ギルドにとって、あなたが異界人であるかどうかは、何の関係もないことなのです」
(アイスブレイクが長えな。いいから本題に入ってくれよ)
「えっと……」
「ですが!」
ブルクハルトはミズトの言葉に被せるように、話を続けた。
「そうは思わない人々もたくさんいるのが現実です。ミズト殿は隣国のセレニア共和国にも、たくさんの異界人がいるのはご存知でしょうか?」
「はい……まあ……同じ異界人に伺いました」
(スタート地点の一つだったよな。異界人が国民として認められているとか聞いたが)
「そう、あの国にもたくさんの異界人が住み、共和国民と共存していました」
(していました?)
「ところがそれをよく思わない人々は、異界人を重宝する共和国政府に対して反旗を翻したのです」
「そうですか……」
(反対デモでも始めたってことかね)
無表情のまま、ミズトはブルクハルトの話に相槌をする。
「最初は小さなデモから始まった反対運動は、やがて大きな唸りとなり、ついには異界人をよく思わない人々が膨れ上がって革命を起こそうとしているのです」
「革命……ですか?」
(また面倒な話を持ってきやがって……)
「そうです。彼らは戦力を結集し、武力で共和国政府の転覆を目論んでいるようなのです」
「それは……大変ですね」
「そこでA級冒険者のミズト殿には、革命鎮圧部隊に参加いた――――」
「お断りします」
ミズトはブルクハルトの言葉が終わる前に答えた。