第137話 クランシステム
翌朝、ミズトは大通りにある魔法屋で『クリエイトゴーレム』を含むいくつかの魔法書を購入すると、屋敷に戻って二体のゴーレムを生成し、それぞれ警備用と家事用に配置した。
ついでに、矛盾していると思われないよう、偽装ステータスのクラスも『ウィザード』に変更。
(なあ、エデンさん。俺の知っているゴツいゴーレムが出来たんだが、こんなんでホントに家事なんかやれるのか?)
ミズトは、子供の頃に遊んだRPGと同じ姿のゴーレムを見上げた。
高さは三メートルほどある。
【問題ございません。本来よりコンパクトで汎用性が高くなっています】
(ならいいが……。それで、一度作ったゴーレムはどのぐらい持つんだ?)
【ゴーレムの稼働期間は、生成するために使用した素材の種類と、魔法使用者の能力に依存します。ミズトさんが『ヒヒイロカネ』を素材として生成したゴーレムなので、数百年は稼働します】
(それはまた長いというか……長すぎる……。まあ、これで預かってる屋敷のことは気にしないで済みそうだけどな)
ミズトにとって、この屋敷はあくまでシュンタ・ナカガワから預かっているだけだ。
そのため彼らが戻ることがあれば、すぐにでも返却するつもりでいるが、少なくとも預かった時の状態は保っておきたい。
より散らかしたり、屋敷を損壊させたり、なんてことは気に入らないのだ。
(――――なあ、エデンさん。『オヤジ狩り』の奴らって、生きてるよな……?)
【申し訳ございません、今はお答えできません。ミズトさんも同じ異界人仲間の安否が気になるということですね】
(まあ……同郷ってのもあるし、本当の俺の年齢からすれば半分程度の若者だしな……)
ミズトがシュンタ・ナカガワ達のことを少し考えるようになったのは、数日前の世界ログがきっかけだった。
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タロウ・ゴクデラさんが紅虎一家を結成しました。
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(紅虎一家? なんちゅうネーミングセンスだ……)
【こちらはクランが新規結成された世界ログになります】
エデンが説明を加えた。
(そういえばクラン結成のログなんて、覚えてるかぎりじゃ初めてだな)
【はい、新規のクラン結成は1年ぶりとなりますので、前回はミズトさんが転生される前になります】
(へえ、そんなに結成されてるわけじゃないんだな。この街にいると色んなクランを見かけるから、結成する奴がたくさんいるのかと思ったが)
【たしかに一年以上前までは大量のクランが結成されていました。しかし、クランクエストやクラン補正について知れ渡ると、条件の厳しい新規クランを結成するよりも、既存のクランに所属した方が利点が多いと考えられるようになったのです】
(クラン補正って?)
【明確な表示はありませんが、クランに所属している方々が、クランのランクに比例して能力上昇していることに気づき、異界人の中でクラン補正と呼ばれるようになりました】
(なるほどな。それで最初からランクの高いクランに入ろうって話か。それは分かったけど、クラン同士の抗争ってのは何か意味あるのか? あんなの暴走族の抗争みたいなもんだから、ただ格好つけるためだけに『テッペン取るぜ』とか幼稚なこと言ってんのか?)
【もちろんそのような感情をお持ちの方もおりますが、システム上の正式な宣戦布告をした抗争は、敗北したクランメンバーを強制的に自クランに所属させることができます。クランのランクアップ条件には所属メンバー数があるため、抗争を続けて人数を増やしているクランもあります】
(そういうことか……ゲームなら分からんでもない仕組みだが……)
まるで誰かが異界人同士を争わせるために作ったシステムのような印象を、ミズトは受けていた。
*
【本日は『日本食タクマ』で新メニューが出されます】
ある日の昼、エデンが唐突に『日本食タクマ』の情報をミズトへ伝えた。
(何!? それは昼から行くしかないじゃんか! ナイス情報だ、エデンさん!!)
情報を聞いたミズトは、さほど重要でない予定をすべて白紙にし、『日本食タクマ』へ向かうことにした。
「ちょっとあんた。そんな嬉しそうな顔をして、何か良いことでもあったのかい?」
『日本食タクマ』の前まで行くと、店の隣に住む老婆に、ミズトはニヤけた顔を指摘された。
「あ、どうも、こんにちは。いえ、私はだいたいこんな顔です……」
「何言ってんだい。街で見かけるあんたは、人生を諦めた中年のような顔をいつもしているじゃないか」
「そ、そうでしょうか……。お婆さんはいつもお元気ですね」
鋭い老婆にミズトはドキッとした。
「まあね。あたしは孫のために頑張らないといけないのさ」
「ちょっとお婆ちゃん! またミズト君をからかってるの?」
老婆の家から若い女性が現れた。
「あら、エイダ。これからかい?」
老婆は優しい表情で若い女性に言った。
現れたのは『日本食タクマ』の隣に住む老婆の孫娘エイダ。
定期的に『日本食タクマ』を手伝っている18歳の女性で、毎日店に通うミズトにとっては数少ない顔馴染みだ。
老婆とは二人暮らしで、彼女の両親がどうしているかミズトは聞いていなかった。
「今日はお店で新メニューを出すの。だからお昼から出ることにしたのよ。ミズト君も新メニュー狙いね?」
「はい、タクマさんの料理はどれも美味しくて、新メニューを見逃すわけにはいきません!」
「うふ、本当にそう! タクマさんの料理は斬新で美味しくて、優しくて紳士的でとても素敵な方よ!」
エイダは少し顔を赤らめながら、両手を頬にあてて言った。
(何の話をしてるんだ……?)
「えっと……では私はこれで。早速新メニューを頂こうかと思いますので」
「ミズトや。あんたは異界人かもしれないけど、この街の住人でもあるんだよ。自分が特別だとは思わずに、ちゃんと周りを見て生きていきなさい」
「はい、ありがとうございます」
ミズトは老婆の言葉の意味が分からなかったが、とりあえずそう返答し店に入ろうとした。
「今のはね、異界人だからって気にせず、何かあったらちゃんと周りを頼っていいんだよって意味よ」
エイダがミズトの耳元で言った。
「え?」
「お婆ちゃんはああ見えて、ミズト君のこと心配してるんだよ。その若さで異世界からやってきて、いつも独り寂しそうに生きている君をね」
「恐縮です……」
(若くもないし、前の世界から独りに慣れてるから、寂しいとかはないんだが……)
老けては見えるが、もしかしたら本当の自分とそんなに年齢が変わらないかもしれない老婆に心配されると、ミズトは複雑な心境になっていた。
心配される覚えはないという気持ちもあったが、余計な心配させて申し訳ないという気持ちも少しあったのだ。