第131話 晴れない気分
翌日、ミズトはアリヤンのポーション屋を訪れていた。
「ミズト先生。こちらが一週間分の売り上げでございます」
応接室のソファに座ると、アリヤンは革袋に入った売上を、ミズトの前にずしっと置いた。
「こんなにですか……?」
「はい、二十万Gほど入っております!」
「二十万ですか、多すぎますね……」
(一週間で二百万円ぐらいとか、ちょっと儲かり過ぎる商売だな……)
「さすが極めて珍しい最高品質のポーション類でございますね! あっという間に帝都中で噂になり、連日大盛況です!!」
「最高品質というのはそれほどなのですね……」
(胡椒が希少だった時代に、現代のスーパーで買い占めた胡椒を持って売り捌いてるような気分だな)
【ミズトさんの例えの悪さは触れないでおくとして、荒稼ぎしている状態がお気に召さないようですね】
(なんか労働の内容と稼ぐ額が合わな過ぎてな)
それは触れてるって言うんだぜ、という言葉を飲み込んでミズトはエデンに答えた。
【ミズトさんの能力は、それほどの価値があるとご理解いただけますと幸いです】
(まあ、そういうことなんだろうけど……)
ミズトはうんざりする気持ちを思わず顔に出した。
「ミズト先生? 何か気になる事でもおありでしょうか?」
アリヤンが怪訝な顔で言った。
「あ、いえ……、ポーションを売る数ですが、もう少し限定することは可能でしょうか?」
「供給しすぎということでしょうか? 先生がそうおっしゃるなら、売り上げが半分程度になるよう抑えることは可能です」
「そうですか。ならそれでお願いしてもよろしいでしょうか?」
「承知いたしました。ミズト先生のご希望に沿うよう調整させていただきます!」
「すみません、お手数おかけします」
【本当にそれでよろしいのでしょうか? 一週間で調合可能な数量をかなり下回る計算になります】
(金に困ってるわけでもないし、儲け過ぎてもな……)
【お金は稼ぎたいけど、稼ぎ過ぎて戸惑っているということですね。ミズトさんらしい面倒なお考えを理解いたしました】
(…………)
今度は顔に出さないようグッと堪え、ミズトはアリヤンに挨拶を済ませると、ポーション屋を後にした。
*
その日の夜、ミズトはいつも通り『日本食タクマ』で食事をしていた。
普段より少し遅く訪れたため、酒を飲んでいる者が多く、いつにもまして賑やかな店内にミズトは苛立ちを覚えた。
(おいおい、日本食屋と酒場を一緒にするんじゃねえよ)
【こちらの世界では、夕食時にお酒を楽しみながら騒ぐことは一般的です】
エデンが間髪入れず答えた。
(分かってるって。分かってるけど、騒いでんのは半分以上が異界人じゃん。日本人のガキが異世界に来て騒いでんじゃねえよ)
店内は、クラン集会所で見掛けた異界人もいたが、覚えのない異界人も多数来ているようだった。
【ミズトさんのおっしゃる意味は理解できかねますが、同じことを行ってもそれが異界人だとミズトさんの感情を逆撫ですることは理解できました】
(…………あとな、店内でローブのフードを被ったままの奴もムカつかないか? なんで店内なのにフードを被ったままなんだ? そうだ、思い出してきた。前の世界でも電車内でパーカーのフードを被ったままな奴とか見ると、イライラしてたんだよな。女なら百歩譲るとして、男が被ってるとマジでイライラする!)
【申し訳ございません。何をおっしゃっているか分かりません。ミズトさんは『他人が何しようがどうなろうが知ったことではない』のではなかったでしょうか?】
(いや、そうなんだけど……、なんか同じ日本人がやるとムカつくんだよな。フードじゃなく帽子なら別にいいんだけど)
ミズトは何となく、店内でフードを被って顔の見えない者のステータスを順番に見ていった。
【面白い視点ですね。フードを被ることと帽子を被ることには、確かに違いがあります。フードを被ると顔が隠れやすく、周囲とのコミュニケーションが取りにくくなることがあるかもしれません。それに対して、帽子は顔が見える状態を保ちやすいので、他人との接触が少し自然に感じられるのかもしれません。それでも、個々のスタイルや快適さのためにフードを被る人もいます。もしかしたら、彼らにとってはそれが一番リラックスできる方法なのかもしれませんね。ミズトさんの感じるイライラも理解できましたが、彼らの視点も考えてみると、少し違った見方ができるかもしれません】
(…………)
ミズトはエデンの言いたいことがよく分からないまま、フードを被った者たちを観察した。
【それほど気に入らないのでしたら、わたしが風魔法でフードをめくることも可能です】
(ん? エデンさんが俺の魔法を使ってフードをめくるって言ってる?)
【はい。わたしの精度の高い制御でしたら、ほこり一つ舞うことなく、フードだけをめくることが可能です】
(………………ちょっとやってみて)
ミズトのいたずら心に火がついた。
【承知いたしました】
エデンがそう答えると、店内に風が起こり、フードだけが一つ一つめくれていった。
(はは、マジでエデンさんやりやがった!)
店内には、フードを被った人物が十人以上いた。
その全員の顔が、フードがめくれてさらけ出されたが、誰もが慌てることもなく、何事もなかったかのようにフードをすぐに被り直した。
【いかがでしょうか? 皆さんすぐに被ってしまいましたが、ご気分は晴れましたでしょうか? 必要ならもう一度実施することも可能です】
(いや……もういいや……。なんかこっちの世界の人のフードもめくっちゃったようだし……)
【申し訳ございません。異界人のみめくるべきでした】
(はは……なんか変なことさせて悪かったな……)
ミズトはフードがめくれても慌てる様子も見せなかった人々を見て、気分が晴れるどころか、どうでもいいことに拘っていた自分が急に恥ずかしくなっていたのだった。
*
『日本食タクマ』から、黒いローブを着た四人組の男が出てきた。
「なんだか随分と店内の風が強い店だったな」
「ああ、顔を見られたかもしれんが、まあ気にすることはないだろう」
「それにしても聞いていた通り、共和国と違い帝国にいる異界人は、のん気な奴が多いようだ」
「やはり帝国は異界人なんかより、警戒すべきは六傑だろう」
「そのとおりだ。『到達者』のロードはもちろん、他の五人も侮れん」
「次の作戦で二人は削っておきたいところだな」
「帝都での活動は十分だ。騎士団が帰還する前に共和国へ戻るぞ」
帝都の闇の中に、四つの黒い影が消えていった。