第128話 王国への郷愁
依頼の完了報告を済ませると、クレアとエドガーとは冒険者ギルドの前で別れた。
クレアが思い出したようにクロとの別れを拒絶し、急に駄々をこねだしたが、エドガーが何とか引っ張ってクラン集会所へと戻っていった。
ミズトはそんな姿を見送りながら、王女相手に配下の者があんなことして不敬罪ってのにはならないのだろうか、とどうでもいい心配をしていた。
【本当にフェアリプス王国へ戻らなくて宜しいのでしょうか? こちらの世界へ来てずっと過ごしてきた王国を離れるのは、さすがのミズトさんも寂しいと感じるかもしれません】
クレア達と別れると、エデンがミズトへそう質問した。
(そういう感情も無くはないかもしれないが、そもそも俺は五十年近く過ごした前の世界から、強制的に引き離されたんだぞ? それに比べたらこっちに来てからの事なんて大して執着はない……って前にも似たような会話しなかったか?)
【はい、いつも同じようなご回答です。ミズトさんにとって、この世界に対する思い入れはまだそれほど深くないということですね。ただ、これほど一国の王女が厚い信頼を寄せるのは素晴らしいことです。それはミズトさんの今までの行動の賜物と言えるでしょう。ミズトさんはすでにこの世界の一員であり、様々な人々に大きな影響を与えていることは明らかです。そのこともご留意いただけると幸いです】
(エデンさんが俺をフォローしているのは分かるが、クレアが一番求めてるのはクロだろうし、そうじゃなくても俺のおかしな能力に勘づいているからだろ)
いつも同じ回答してるなら聞くなよ、と思いながらミズトは答えた。
【もちろんクレアさんのクロへの愛は大きいですが、先ほど申した通りミズトさんの能力とは関係なく行動の結果により、クレアさんの信頼を得ることができたのです。それは誇ってもよい素晴らしい事です】
(はは……どうだかねぇ……)
その行動がチートとかいうバグった能力あってのことだろ、と再度言いたいところを、これ以上会話が続く方が面倒なので言葉を止めた。
*
それからミズトは、先日会った薬師アリヤンの店に向かった。
ミズトの調合した最高品質のポーションを置く件について話し合うためだ。
アリヤンの店は、たくさんの人々が行き交う大通り沿いの好立地にあった。
ミズトの知っているポーション屋は、どこも小ぢんまりとした個人経営の薬局のような印象だったが、ここは大手のドラッグストアを思い出させる。
大きな五階建ての建物の一階と二階が店舗になっていた。
中に入ると、ポーションがこんなにも種類があったのかと驚かされるほど、豊富な商品が並んでいた。
様々なポーションの初級・中級・上級が揃えられており、それぞれが低品質・普通・高品質と区分けされている。
更には各ポーションを調合する素材まで置いてあるようだ。
(おいおい、あれって『賢者の錬金釜』じゃないか?)
ミズトは店員のいる会計台の向こうに並べられた、見慣れた釜を見つけ驚いた。
【はい、ミズトさんが苦労して手に入れた『賢者の錬金釜』で間違いありません】
エデンが答えた。
(だよな……。まあ、普通の薬師は自分でダンジョンへ取りに行けないだろうから、売ってないと困るんだろうけど)
【さすが世界最大国家の帝都にあるポーション屋と言えるでしょう。品揃えの良さも世界最高クラスです】
「ミズト先生! お待ちしておりました!」
店内を少し見学していると、アリヤンがミズトを見つけ声を掛けてきた。
(先生って……)
「先日はどうも。お話を伺いに参りました」
「早速、足を運んでいただき光栄です! さっ、こちらへどうぞ!」
ハーフリングのアリヤンは愛嬌のある笑顔を見せ、階段のある方へミズトを案内した。
子供のような大きさで素早い動きを見せるアリヤンに付いて行くと、ミズトは三階にある応接室に通された。
途中にあった三階案内板には、他に調合室と診察室が表記されていた。
「どうでしょうか、いいお店でしょう!」
アリヤンは、ミズトがソファに座るのを確認すると、自分も座りながらそう言った。
「はい、とても綺麗ですし、大きくて驚きました。この階には診察室もあるのですね」
「そうなんです! うちは怪我や病気のお客様をしっかりと診断し、最も適したポーションを処方させていただいております! もちろんアルテナ教会や冒険者ギルドへ行けば有料で魔法による治療を受けられますが、結果的にうちのお店を利用した方がお安くなるはずです!」
「なるほど、とても良心的に経営なさっているのですね」
「そのとおりです! まさに私たちの店が、ミズト先生のポーションを取り扱うにふさわしい場所なのです!」
アリヤンは昨日に比べるとやけに元気なのだが、ミズトはこの方がハーフリングらしいと感じていた。
「アリヤンさんのお店がとても素晴らしいことは理解できました。私としても、いちいちお店に持ち込んで売るのは手間がかかりますので、代わりに販売していただけるのは助かると思います」
「そうでしょう、そうでしょう! しかも私どもが買い取るわけではありませんので、ミズト先生にはお店の買取額ではなく、売値を直接受け取ってもらうことができます!」
アリヤンは立ち上がって言ったようだが、身体が小さいためミズトには座ったままなのかよく分からなかった。
「私にはメリットばかりですね。ただ、申し訳ないのですがいくつか条件を付けてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです! しっかりと条件を確認し、ご契約させていただきたいと思います!!」
ミズトが出した条件は、買い占めや転売を防ぐために一人に売る個数を限定する。上級ポーションは基本的に売らない。自分の名前を出さない。の三つだった。
「先生のお名前を出せないのは残念ですが、他の二つは私としても同意見でございます。最高品質のポーション類は極めて貴重なため、お一人様一個にさせていただきます。また、高品質以上の上級ポーションは腕や脚を再生させるほどの回復能力。これだけは高品質ですら扱っているお店はありませんので、もし最高品質を販売でもしたら、世界中から人が集まり大混乱となりかねないです!」
「はい、私もそう思いますので、ぜひお願いします」
「畏まりました! これで条件の確認は完了でございますね! それで……一つご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」
急にアリヤンのトーンが下がり、静かに言った。
ソファに座ったようなのだが、ミズトにはよく分からない。
「どのようなことでしょう? お伺いします」
「勉強のため、ミズト先生が調合するところを、一度見せてもらえないでしょうか……?」
(調合を見せる??)
【一応お伝えしますが、今さら調合するのは自分ではないと言ってもアリヤンさんには通じません】
エデンが忠告した。
(……まあ……そうだろうな。だが、俺の調合って、材料並べてスキルを使用すると、パッと光って、はい出来あがりって感じだぞ? そんなの見て意味あんのか?)
【調合スキルを持つ者は、どなたがやってもそうなります。また、この世界の薬師であれば、それを見ているだけでも意味があります】
(ふうん、そんなんで意味あるのか……)
「分かりました。お一つで良ければお見せいたします」
「おおぉっ! ぜひお願いいたします!!」
アリヤンは立ち上がったようだった。