第127話 もう少しの付き合い
ミズトたちが攫われていた人々を連れ、帝都オルフェニアに辿り着いたのは、その日の夕方だった。
門にいる衛兵に対しては、バイアット公爵があたったため話が早かった。
すぐに攫われていた人々の保護に、衛兵たちが動いてくれた。
クレアとしては、モンスターを召喚した可能性のある魔族の存在が気になったようだが、野盗が壊滅したと思われるため、これ以上は顔を突っ込むことをしなかった。
あとは帝国なり冒険者ギルドなりに任せることになった。
この件に関わる気がないミズトは、クレアとエドガーが帝都の衛兵と彼らの引き渡しについて話し合っている間に、先に宿へ戻ることにした。
ただ、とりあえず今日はここまでだか、明日もう一度、クレアが泊まっているクラン集会所へ行くことになった。
帝国へ渡った元々の理由である、依頼された王女捜索は完了しているので、本当はさっさと冒険者ギルドへ報告を済ませて解放されたい気持ちなのだ。
しかし報告の際にクレアとエドガーが一緒である必要があるため、もう少し彼女たちに付き合うはめになったのだ。
翌日、ミズトはいつもより少し早く目が覚めた。
目覚まし時計のないこの世界に、随分と慣れてきたものだ。朝が苦手な会社員だった頃のミズトからは、とても信じられないことだった。
隣のベッドを見ると、同じ部屋に泊まっていたエドガーは見当たらないので、結局戻って来なかったようだ。
彼の献身的な性格を考えると、クレアのいるクラン集会所に泊まったのだろうと想像できた。
それから朝食をすませクラン集会所に向かうと、途中、帝都を歩く人々が昼間より気持ち足早なのに気づいた。
きっと彼らは通勤通学中なのだろうと勝手に想像し、ミズトは意味もなく少しニヤけてしまった。
衛兵が集まって騒がしい場所もあり、慌ただしい帝都の空気は、ミズトに会社員の日常を思い出させてくれた。
クラン集会所に着くと、前回訪れた広間にはクレアの関係者しかおらず、異界人の姿はなかった。
会社や学校ではないのだ。こんな朝早くに日本人の若者が来るわけがないのだろう。
心なしかクロが安堵しているように、ミズトには感じた。
「おはようございます。こんなところで皆さん何をされているのですか?」
広間の片づけをしているように見えたクレアに、ミズトは声を掛けた。
「あら、ミズトさん、早いですわね。見て分からないかしら? 部屋の片づけをしているところですわ」
クレアは、エドガーと二人でテーブルを運びながら、クロに視線を向けて答えた。
(王女自ら?)
「異界人は見当たりませんが、ナカガワさんに頼まれたのですか?」
「いいえ、勝手にやらせてもらっているわ。今日からバイアット公爵家にお世話になることになったの。だからこちらは引き払うことになったのだけど、こんなゴミ置き場のような部屋を放ってはおけないわ」
テーブルを置き、やっとミズトの顔を見た。
「クレア様がなさらなくても良いと言ったのだがな」
頭に布を巻き、袖を捲ったエドガーが言った。
「私は私の出来ることはやると決めているの。部屋を使わせて頂きたいと言ったのは私。このぐらいは任せたりしないわ」
(王家の人間でも恩や貸し借りの概念はあるってことかね)
「そういうことでしたか。バイアット公爵とは、昨日お目にかかった御方でしょうか? 良好な関係を築けたようですね」
「ええ、あの方が高貴な人間と私にはすぐに分かったわ。お話してみるととても尊敬できる人格者で、私をわざわざ皇帝陛下へご紹介してくださると言ってくださいました」
「!? レガントリア帝国の皇帝にですか?」
「そうですわ」
(運が良いな、おい)
【クレアさんは、その目的のためにバイアット公爵に近づいたようです】
(なるほど、昨日のは上手く取り入ろうとしてたってわけか……)
それはこの世界のステータスに一切表現されないかもしれないが、ミズトの本職であるビジネスマンとしてのスキルは、したたかなクレアの方がよほど高いのではないかと感じた。
「それは喜ばしいことですね。おめでとうございます」
「あら、あなたにそんなこと言われるとは思わなかったわ。嬉しいですわ。それで、さすがにすぐに謁見というわけにはいかないでしょうから、私たちはバイアット公爵家に何日かお世話になると思うの。ミズトさんはどうするのかしら?」
「そうですね……ここには同じ異界人もたくさんいるようですし、とりあえずは帝都オルフェニアで過ごしてみようと思います」
これからどうするかミズトは何も考えていなかったが、あの退屈な船旅だけは嫌だった。
「そう、こちらの大陸に残るのですね……残念だわ。あなたはフェアリプス王国にとって、とても大切な冒険者なのだけど、自由を好む冒険者を縛ることはできないですわね」
「申し訳ありません、恐れ入ります」
(冒険者とか関係ないけど)
「なら、冒険者ギルドに依頼完了の報告をしたら一旦お別れだな」
テーブルを拭きながらエドガーが言った。
「そうですね。お二人にはご足労をかけますが、時間があるときに冒険者ギルドまでご同行をお願いします」
「そう……やっぱりこれでお別れですのね……。そういうことでしたら、すぐに冒険者ギルドへ向かうことにしましょう。これ以上あなたの時間を取るわけにはいかないわ」
クレアはクロの前でしゃがみ込み、黒い毛並みを撫でながら言うと、すくっと立ち上がって広間の外へ歩き出した。
そしてすぐに振り返ると、
「さあ、二人とも、行きますわよ」
と付け加える。
ミズトはクレアの後に続きながら、小さなことだが、決断力と行動力は流石だなと感じていた。