第121話 異世界転生って
「ナカガワさん、ご無沙汰しています」
「久しぶり。まさか海を渡ってくるとはね! 訪ねてきてくれて嬉しいよ。よくここが分かったね」
「はい。『日本食タクマ』というお店で聞きました」
「ああ、タクマさんの店か! あそこはうちのメンバーもよく使うから。ん? もしかしてそっちの人って――――」
「キャー!! 何で子犬がこんなとこいんの!? マジ可愛いんだけど!」
「何あれ、エグっ! 可愛さエグ過ぎじゃん!!」
シュンタの言葉を二人の女性がかき消した。
広間にいた女性二人が、クロに気づいて駆け寄ってきた。
どちらも二十歳前後の女性で、長い髪は明るく染めていて、目はパッチリとメイクしている。
(ギャル? へえ、こっちにも化粧品とかあるのか)
ミズトはどうでもいいことに感心しながら、珍しく対応に戸惑っているクロと目が合った。
「ホントだ、子犬がいんやん!」
「マジで子犬だし!」
「子犬がいるとか、ヤバッ!」
二人の女性の言葉に他の若者たちもクロに気づき、さらに集まりだした。
ミズトは一瞬、クロを助け出そうか迷ったが、既に手遅れと感じて諦めた。
それをクロが理解したのか、仕方なさそうに集まった若者たちの相手を始めた。
いつもより愛想が控えめなのは、クロにも得手不得手があるのかもしれない。
「ミズト君、相変わらず君は子犬を連れてるんだね。おかげで皆には良い癒しになったかも。ところで、そっちの人がフェアリプス王国騎士ってことは、クレア王女のことで来たのかな?」
シュンタはエドガーに視線を送りながら言った。
「はい。実は、そのことでお尋ねしたいことが」
シュンタからクレアの名前が出たのは話が早かった。
ミズトは、冒険者としてクレア王女捜索の依頼を受けて海を渡り、野盗の屋敷で彼女が異界人と帝都へ向かった情報を掴んだと、シュンタに説明した。
「そっか。いくらなんでも1,000,000Gも払うわけがないと思ったんだよね。それにしても冒険者ギルドの依頼ならタダで渡れるのか……いい事聞いたかも。あ、クレア王女ならいると思うから、ちょっと呼んでくるね」
「え? クレアさんがいるんですか?」
「うん、クレア王女は半月以上前からここに住んでるよ。ちょっと待ってて」
シュンタはそう言って広間から出ていった。
(…………クレアは何やってんだ?)
ミズトは思わずエドガーに視線を向けると、彼も困惑した表情でミズトを見ていた。
「ちぃーす!」
シュンタがいなくなると、すぐに二人の若い男がミズトに声を掛けてきた。
二人ともシュンタと同じ『オヤジ狩り』のメンバーだ。
「どうも、初めまして」
面倒だとは思いながらも、ミズトは挨拶を返した。
「お前がシュンちゃんの言ってた、新大陸の転生者か。マジでステータスが低いくせにレベルが高いんだな」
若い男の一人が、空中に視線を送りながら言った。ミズトの偽装ステータスを見ているようだ。
「色々と手伝ってもらいましたので」
ミズトは答えながら二人のステータスを再度確認した。
二人ともレベルは40前後なので、ミズトが偽装ステータスに設定しているレベル50は高いと感じるようだ。
「パワーレベリングとか、ツいてるよな、お前」
「何言ってんだ! 転生者なんだから逆だろ!」
もう一人の若い男が言った。
「ああ、そう言えばそうだった。お前、巻き込まれて転生したんだって? かなりウケる案件だよな。異世界モノのアニメも知らないんだっけ?」
「はい、アニメは最近観てないので。私が知っている異世界モノは、高校生が異世界に召喚されてロボットに乗って戦争する、みたいな話ぐらいです」
(子供の頃に観たやつな)
「なにそれ、そんなのあったっけ? じゃあ流行りの異世界転移とか異世界転生は観てないんだ?」
「はい、まったく」
「マジかよ。そんなんで巻き込まれてこっちに来たのか。てか、と言っても普通の異世界モノとここは、ちょっと違うけどな。よくあるやつはモテまくってハーレム作ったり、チート能力で無双したりするけど、ここはそうもいかないし。思ったより強くなれないんだよな」
(チート? どういう意味だ?)
【チートとは、本来「不正行為」や「イカサマ」という意味ですが、ここでは反則的な高い能力のことを、チート能力と表現されています】
(ふうん……てかエデンさんがそこまで知ってる方が驚きだけど……)
「なるほど、異世界モノとはそういう設定なのですね」
ミズトは興味ありそうに答えた。
「ま、でも実際に異世界へ来て思ったけど、異世界転生ってキモいよな」
「私のような転生者のことですか?」
「いや、ここでは転移に失敗して死んだ奴が、肉体の再構築することを転生って呼んでるけど、普通は異世界の人間として生まれ変わる設定を異世界転生って言うからな」
「生まれ変わる?」
「そう、日本人として生きてきた前世の記憶を持ったまま、この世界の人間に生まれるって感じ。しかもだいたい引きこもりかオッサンが死んで」
「そうなんですね」
(赤ん坊の中身が、実は日本の引きこもりかオッサンってことか? …………それは気持ち悪いな)
「アニメで観てるだけだと思わなかったが、例えばお前が『若返り』のオプション使ってて中身がオッサンだったら、すげえキモいと思わね? そういうの実際に異世界来るまで実感湧かなかったわ」
「そうですね……」
(いや……自分でもそう思うけど……他人に言われると…………)
「まさかTS転生じゃないよな?」
「ティーエス?」
「性別を変えて転生するってこと。と言っても女が男に転生するんじゃなく、オッサンが美少女に転生する話がほとんどだけどな」
「それはまた……」
(気持ち悪すぎるな……。異世界転生ってのはホラーものなのか?)
「ま、ここじゃどっちも有り得ないけど。肉体再構築とオプションにそれぞれポイントが必要だから、ポイント足りなくなるしさ。お前だってステータスに振ったってことだろ?」
「えっと、私はよく分からなかったので『自動振り分け』ボタンを押しました」
「マジか!? それでステータスがオールEなのか……さすがに同情するぜ」
若い男はミズトを憐れむような目で見た。
「お~い! なんだ、この騒ぎは? ほらほら、片付け全然進んでないじゃないか!」
一人の男が、広間に入ってくるなり、手をパンパンと叩きながら声をあげた。
「転生してない本物のオッサンが来やがった」
今まで話していた若い男が、ミズトの耳元で囁いた。
入ってきた男は、三十歳前後の青年で、クラスは転移者。
ミズトには若い男の言っていることがよく分からなかった。
「なんだ、誰か子犬を連れ込んだのか? そんなのいいから、やることやろうぜ!」
「あいつ、最近入ってきたくせに、年上だからって口やかましいんだよな。ここで三十過ぎたオッサンはあいつだけなんだけどよ」
若い男は更にミズトの耳元で言った。
(三十過ぎた……オッサン……??)
ミズトは自分の耳を疑った。
【こちらにいる方々は十代から二十代前半がほとんどのため、年齢差のあるあの方はおじさん扱いされ、疎まれているようです】
(なるほど……。俺から見れば二十代なんてまだガキで、三十代から一人前なんだけど……)
ミズトは若者たちとの感覚の違いを痛感させられた。
若者の中にはおじさん扱いされている青年に対し、攻撃的な態度の者もいるようで、それから広間は殺伐とした雰囲気で言い合いになった。
ミズトからすれば、青年の言っていることの方が正しい。
彼は、共同生活をするなら整理整頓ぐらいするべきだし、何の法律も適用されない異界人でも、自分たちのルールは作るべきだと言っている。
無秩序な若者たちに対して、大人として当たり前の意見を言っているように聞こえた。
ただ、その押し付けが若者に届くとも思えなかった。
彼の言い分は一方的なうえ、そもそもそんな大人の押し付けから逃げてきたのが目の前にいる若者たちなのではないか、とミズトは感じたのだ。
(それでも、こいつらがどうなろうと知ったこっちゃないと思う俺より、よっぽど愛情があって良い大人なんだろうな)
ミズトは『好きの反対は無関心』という言葉をふと思い出していた。




