第120話 クラン集会所
それから少し歩いていると、帝都オルフェニアに来て初めて自分へ向いた強い感情を察知した。
(なんだ? 悪意とは違う……?)
その感情は、向こうから歩いて来る二人の男からのものだった。
どちらも年齢は三十になるかならないかのこちらの世界の人間で、一方は片脚がなく松葉づえを使用し歩いていた。
【あの感情は悪意ではなく、怒りに基づいています。ただし、それはミズトさん個人ではなく、異界人全員へ向けられたもののようです】
(異界人への怒り? そうか、これに近いものは感じたことあるが、ここまで強いのは初めてだな……)
特に強く感じたのは、片脚の男ではなく、身体の大きい短髪の男からだった。
二人はすれ違うまで一度もミズトを見ることはなかったが、その感情はミズトへ刺さり続けた。
「チッ、相変わらずこの街は異界人だらけだな、ウィル」
「ああ……、もう彼らとは関わりたくもないが、あれから三年……減るどころか増え続けているからな」
少し離れてから、二人の声がミズトに届いた。
ミズトには何の話か分かりはしないが、言葉に乗った強い感情だけははっきりと分かる。
想像していた以上に、異世界からやってくる自分たちは歓迎されていないのかもしれなかった。
*
料理人タクマから聞いたクランの集会所は、店から歩いて三十分ほどの場所にあった。
大きな普通の屋敷で、敷地の門は開け離れたままだ。
「これが異界人の集まる屋敷のようだな」
「はい、教えてもらった特徴通りです」
ミズトはエドガーに答えた。
「立派な屋敷のわりに、あまり手入れがされているようには見えんな。貴族や商人ではなく、そこが異界人ってことか」
(手入れ?)
ミズトはエドガーの言葉を受け、屋敷をよく観察してみた。
建物自体は朽ち果てているわけではない。
しかし、言われてみれば敷地内は手入れが行き届いていないように見えた。
「たしかに雑草が生えたままのようですね。集会所というお話でしたし、貴族の方のように使用人を雇うこともないのかもしれません」
ミズトはそう言いながら、それでももう少し綺麗にしろよ、と思いながら屋敷の扉まで進んだ。
扉周辺にはもちろんブザーのボタンがあるわけではないが、金属でできたドアノッカーが設置されていた。
相手が異界人だからか、エドガーが積極的に進み出て来ないので、仕方なくミズトがドアノッカーを二回鳴らした。
少しすると静かに扉が開き、二十歳ぐらいの異界人の男が不機嫌そうに顔を出した。クランは『オヤジ狩り』ではない。
訪問者に対していきなり無礼な奴だとミズトは感じた。押し売りとでも思っているのだろうか。
「何の用だ? ん? お前も日本人か……。未所属ってことは、クラン入会の希望者か?」
「はじめまして、ミズト・アマノと申します。こちらに『オヤジ狩り』のナカガワさんがいるのではと思い、尋ねてきました」
ミズトは不機嫌な男に答えた。
「シュンタさんの知り合い? そうか、なら入れ。広間にいると思う」
男は扉を大きく開け、入るように促した。
「すみません、ありがとうございます」
「連れてるのは犬か? ペットを飼ってるなんて珍しいな」
男は足元のクロを見て言った。
「はい、懐かれてしまって、付いて来るようになりました」
(言われてみれば、俺以外で犬を連れてる奴なんて見た覚えがないな)
【市民が犬を飼うとすれば、狩猟目的のためが一般的です。王族や貴族が愛玩のために飼うことはありますが、敷地から出すことはありません】
(なるほど、犬の散歩を見た覚えがないわけか……)
クロのせいで歩いているだけで目立っていたようだ。
建物の中は、集会所と言っていたわりには普通に人が住むような屋敷に見えた。
入口には広い玄関ホールがあり、幅の広い階段が二階へと繋がっている。
左手には扉があり、右手側は廊下が続いていた。
「広間は右の奥だ」
男はそう言って廊下の方へ歩き出した。
どうやら案内してくれるようだ。
「こちらはクランの集会所と伺ったのですが、『オヤジ狩り』以外のクランの方もいらっしゃるのですか?」
「ああ、ここは四つのクランが共同で利用してる。集会所と言っても、半分ぐらいはここで暮らしてるけどな」
男は少しだけ振り向いて答えた。
ミズトは面倒だったので屋敷内の気配を探ってはいなかったが、数十人が滞在しているだろうとは感じとっていた。
廊下の突き当りには、開けたままの扉の向こうに広間があった。
学校の教室二つ分ぐらいの広さがあり、貴族が住んでいれば食事に使っていそうな雰囲気だったが、長テーブルが置いてあるわけではなかった。
(うっわ。何だかだらしないな)
広間に入ると、最初にミズトはそう感想を漏らした。
足の踏み場もないとまでは言わなくても、統一性のないソファーセットや椅子などが無造作に置かれ、床にはゴミかどうか判断できないような物が散らかっている。
二十人近くいる若い日本人は、ソファーなどで自宅のようにくつろいでおり、中には床に直接座り込んで何かを食べている者もいた。
(そうか、保護者がいない若者たちだけで暮らすと、こうなるってことか……)
【これだけの人数が集まるっているのであれば、使用人を雇うことなく、自分たちで整理することが可能です】
(まあ、そうなんだろうけど、学生中心で集まればこんなもんだろう。彼らが悪いって言うより、必然のような気がするな)
ミズトはそう考えながら、胸につかえるものを感じていた。
「あれ!? ミズト君だったっけ?」
広間に入り、一分も経たないうちにシュンタ・ナカガワがミズトを見つけた。