第119話 料理人タクマ
「ここがあの旅人が言っていた料理屋か」
ミズトとエドガーは、旅人がクレアを見かけたという店の前に来ていた。
(にっ……にっ……日本食!?!?!?)
お店の看板には『日本食タクマ』と書いてあった。
「日本食。聞いたことないが、帝国の料理名か?」
「いえ……日本食とは私の国の料理です!」
ミズトが興奮気味に反応した。
「なに? ミズト、お前の国の料理なのか?」
「はい! もしかしたら日本人……異界人がやっている料理屋かもしれませんね!」
「ほお、それは興味深いな」
「エドガーさんもそう思います? 早速入ってみましょう!」
「あ、おっ、おい」
ミズトは躊躇することなく、エドガーより先に店に入った。
「いらっしゃいませー!」
店内に入ると、元気よく店員が迎えてくれた。
この世界の店では今までなかったことだ。
「すみません、二人ですがいいでしょうか?」
ミズトは中を見渡しながら店員に答えた。
昼時を大きく過ぎてはいるが、それなりに客は入っている様子だ。
漂う匂いは食欲をそそり、どこか懐かしい香り。ミズトの期待は急上昇した。
迎えてくれた店員は、異界人ではなくこの世界の住人だった。
ミズトとエドガーは、案内された席に座り、メニューを広げた。
「おい、ミズト。先ほど食べたばかりじゃないか。俺は食べるとは一言も」
「いいじゃないですか。何も頼まずに情報だけ聞くわけにもいかないですよね? あっ! うどんがあるみたいです!! このぐらいなら食べられますよ! これにしてみましょう!!」
「ま、まあそれもそうだが……。お前に任せる……」
ミズトはエドガーの答えも聞かず、注文を店員へ伝えた。
二人が食べたのは、山菜のような具の入った温かいうどん。
具は前の世界では見たこともない物だったが、うどんと汁は完璧に日本の味を再現していた。
「ほお、これがお前の国の味か。この白く長い物はそれほど味がするわけではないが、何というか、奥深い味だな」
エドガーは意外と気に入った様子で、美味しそうに食べている。
(マジでこの再現度は凄いな……。料理のできない俺には作り方は分からんけど、ちゃんと日本の味になってる)
ミズトは予想を越える味に感心しながら、懐かしさを堪能していた。
「すみません、店員さん。この料理は異界人の方が作られているのですか?」
ミズトは手を上げ、店員に話しかけた。
「はい。店主は異界人のタクマと申します」
「やはりそうでしたか。同じ異界人として話をお聞きしたいのですが、お手すきなら呼んでいただいてもよろしいでしょうか?」
「承知しました。店主に伺ってみますので、少々お待ちください」
店員は日本の店のような丁寧な接客態度で頭を下げると、店の奥へと入って行った。
それから少しすると、白い割烹着を来た二十歳過ぎぐらいの男が現れた。
レベルは20でクラスは『料理人』だ。
「やあ、お客さん。うちの店は初めてかい?」
「はい、今日帝都に来たばかりでして。それにしても完璧なおうどんですね! まさかこちらの世界で食べられるなんて、とても感激しました!」
ミズトは思わず握手を求め、手を出した。
「はは、そば粉は手に入らないけど、小麦はあるからね。なんならお米も。そう言ってもらえて光栄だよ。まさに料理人冥利に尽きるね!」
料理人タクマはミズトの手を握った。
「お米!? 本当ですか!? タクマさんは前の世界でも料理人だったんでしょうか?」
「いや、来る前はまだ高校生だったからね。ただ、料理人にはなるつもりでいたし、家でもよく料理はしていたんだ」
「そうだったんですね! タクマさんのような方がいてくれると、とても有難いです!」
ミズトはこの世界に来て他人に一番興味を持った。
「お、おい、ミズト……」
二人の会話を聞いていたエドガーが、遠慮がちに声を掛けた。
「あ、エドガーさん、失礼しました、本題ですね。タクマさん、実はちょっとお尋ねしたいことがあって伺いました」
「ん? っていうかその人ってフェアリプス王国騎士? レアクラスの人と一緒にいるなんて、君は凄いんだね。ま、俺に分かる事なら何でも聞いて」
ミズトは料理人タクマにここまでの事情を説明し、クレア王女の行方について尋ねた。
「なるほどね……アウロラ大陸でスタートする人もいるのか……。君も苦労したんだね。しかも『転生者』だなんてさ。ちなみに、そのクレア王女って人は、たぶんうちの店に来たよ」
「本当か!?」
エドガーが声をあげて立ち上がった。
「ええ。半月ぐらい前だったと思います。侍女や護衛を連れた高貴な女性と、異界人の女剣士が一緒に来たのを覚えています。たしか高貴な女性はクレアと呼ばれていたようでした」
タクマはエドガーに説明した。
「そうか……」
「それで、彼女たちがどちらへ向かわれたかご存知ですか?」
安堵した表情で座ったエドガーを横目に、ミズトが尋ねた。
「ん~、詳しく聞いていたわけじゃないけど、たぶんクランの集会所じゃないかな。帝都内のクランがよく使っている大きな屋敷があるんだけど、考えられるのはそこかな。異界人が集まっている場所に行くようなこと言っていたから」
「クランの集会所ですか」
(半月も前なら、さすがにクレアはいないだろうが、クレアを救出した女剣士ってのはいるかもしれないな)
「そ。もしいなくても、異界人が関係しているなら、そこに行けば何かしらの情報が手に入ると思うよ。仕切っているクランは、たしか『オヤジ狩り』だったかな」
(オヤジ狩り? 忘れもしないそのクラン名は、王都で会ったシュンタ・ナカガワって奴のいるクランか)
「ありがとうございます、情報助かりました。また食べに来ますのでよろしくお願いします」
ミズトたちは料理人タクマからクラン集会所の場所を聞くと、礼を言って日本食屋を出た。
「とりあえず手掛かりがあって良かったですね」
ミズトは歩きながらエドガーに話しかけた。
「ああ、そうだな。お前が聞いてくれて助かった。それにしても異界人が店を持っているなんてな」
「はい、私も驚きました」
ここはRPGのようなファンタジーな異世界。
モンスターを倒しレベルを上げたり、スキルや魔法を習得し装備を整えて冒険するような世界だ。
そんな中で普通の市民としてお店を経営し、しっかりとこの世界で根を下ろして生活している日本人がいることに、ミズトはちょっとした驚きと感動を覚えた。
これから向かうクランの集会所には、転移してきたたくさんの日本人がいるはずだ。彼らがどんな生活を送っているのか、少し楽しみになっていた。